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音楽は呼吸,指揮はコミュニケーション—パーヴォ・ヤルヴィ 指揮公開マスタークラスレポート

NHK交響楽団首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィ氏の指揮公開マスタークラスに行ってきました!とっても面白かったです!素晴らしいマスタークラスでした。

開催されたのは2016年2月8日(月)10:00〜13:00 。主催は東京音楽大学。場所は東京音楽大学のA館100周年記念ホールです。10分間の休憩を一度とっただけで約3時間たっぷりのレッスンでした。

このマスタークラスはNHK Eテレ「クラシック音楽館」の収録を兼ねており、公募で無料で聴講できました。会場となった東京音楽大学のホールは大変美しく、音響も良かったです。約800席のホールはほぼ満席に見えました。

司会は指揮者で東京音楽大学で教鞭を取っている広上淳一さん、英語通訳は井上裕佳子さん。オーケストラは東京音楽大学器楽専攻学生の皆さんです。

マスタークラスに使用された曲はモーツァルトの交響曲第41番 ハ長調K.551「ジュピター」でした。受講生は以下の方々です(登場順/敬称略)。

丸山貴大(東京音楽大学) 第1楽章
平川範幸(上野学園大学) 第1楽章
太田弦(東京藝術大学) 第2楽章
榊真由(桐朋学園大学) 第3楽章
松本宗利音(東京藝術大学) 第4楽章

どの受講生も基礎はしっかり出来ていると思われ、それぞれの個性と、担当した楽章によってマエストロから様々な指導を受けていました。マエストロは、まずそれぞれの人の演奏を褒めてから、「サジェスチョンしたいことがある。」と言って話し始めます。

マスタークラスの撮影録音は禁止でしたので、自分のメモ書きを元に、私が理解した内容を以下に書きます。思い違いがあったり、表現が正確ではなかったりするかもしれませんがお許しください(間違いがあればご指摘いただければ幸いです)。きちっとした内容は、5月ごろ放映予定というNHKの番組をぜひご覧くださいませ!

一番印象に残った、マエストロが全ての人に言っていた事は、「ビートを刻まないでください」ということ。音楽には縦の流れと横の流れがあるが、若い皆さんはどうしても曲を演奏している間じゅう拍を刻んでしまう。だが、それはある程度以上の実力があるオーケストラでは、指揮者の仕事としてもっとも必要がないことである。それよりも、表情を出すことが大切。あるフレーズとその次のフレーズにどのような関係をもたせたいのか。どのフレーズが重要で、全体のバランスと構築をどう表現するか。

一人目の方はオペラ指揮者になりたい、ということで、マエストロから彼へのアドヴァイスは「呼吸がなにより大事。しかしそれはオペラだけのことではありません。オーケストラも器楽奏者も、音楽はすべて呼吸が大事」マエストロによれば、「私にとってはモーツァルトの音楽はすべてオペラ。それぞれの登場人物のキャラクターを際立たせるようなつもりで演奏するといい」「モーツァルトの曲ではオーボエが出てくるのは常に何か特別な事なのです」。

第2楽章の音楽も「これはオペラのアリアです。」この楽章はとっても難しいけれど、これほど美しい楽章もない。マエストロが少しタクトを取ってオーケストラを歌わせると、何という美しい調べが!じわっと涙が浮かんでしまうほどでした。この楽章を上手く指揮出来るようになるためには「モーツァルトのオペラを毎日聴いてください(笑)。」というアドヴァイスでした。パーヴォ・ヤルヴィ氏はオペラを指揮しない(まだ指揮をした事がない)指揮者だそうですが、実はかなりオペラがお好きみたいです!

アップテンポで盛り上がる第4楽章では、曲がスタートした後、指揮を止めてオーケストラだけに弾かせ、「全員がそろって弾く、という事だけだったら、あなたなしで彼らだけで弾けているでしょう?テンポを合わせる指揮はいらないんです。それより何を際立たせるか、何を観客に伝えるか、ということを指示するべき」と言っていました。

指揮のテクニックに関する指摘も数多くありました。しかもとても具体的。特にほとんどの人に言っていたのが、曲の出だしについて。曲を始めるときの両腕のポジションは高い位置にあってはいけない。そして腕を上下に振りすぎても分かりにくい。アウフタクトをイン・テンポに。例をジェスチャーで示していたので、詳しくは放映の時にご覧いただけると思いますが、自分が表現したい音楽を『情報』と考えて、それをいかにクリアに伝える技術を習得するかが肝心、ということのようでした。

「膝を屈伸するのは観客から見て見苦しいし、指揮には役に立たない」「ダイナミクスを示すのに、普通はこれくらいの位置、フォルテはここ、フォルティッシモはこう(と腕の高さで表現)」「腕を動かすのは上下だけでなく、自分の左右のスペースも十分に使う事」「ダウンビートをはっきり」「指揮棒を細かく動かすと奏者が見にくい」「右腕と左腕の動きが同じになってしまっている。左手は表現のために使ってください」「自分が興奮しすぎずに客観的にオーケストラを聴くように」「爪先立ちはダメです。踵を指揮台から離さないで」「金管が大きくて弦が聴こえない」「ここはオーボエとフルートが浮き上がって来るべき」。内容は素人の私でも理解出来ることですが、それを実際の動きではっきり説明していきます。

そしてもう一つ、繰り返し言っていた大切なことは、指揮台にいる自分は、自分自身を表現するためにそこにいるのではなく、音楽を表現しなくてはいけない、ということです。だから指揮台を降りたらシャイな性格でもいいけれど、演奏中は俳優のように音楽を演じなければいけない。何度も何度も「アクターになれ」と言っていました。

受講生に女性が一人いたのは、マエストロからのぜひ女性を入れて欲しい、という要望だったそうです。エストニアで開催している指揮のマスターコースでは男女比が半々になるように努めているそうで、「現代において、指揮が男性に向いているのか女性に向いているのか、などという議論は馬鹿げている。これまで歴史的に男性が多かっただけのこと。男女にかかわらず良い指揮をしなくてはならないだけ。ただし、女性が指揮をする場合には、男性らしいジェスチャーや表情を真似る必要はまったくないと思う。自分自身の身体、表情、ジェスチャーを使って音楽をしなさい。正しいと思うことをコミュニケートしなさい。周りの雑音は気にしなくていい。」と、とても長い時間を使って語っていました。これは今日のお話の中でも特に聴いてよかった、と思った部分でした。

最後には、今日の受講生達の先生にあたる高関健氏と下野竜也氏がステージに上がりました。ヤルヴィ氏は、お二人や受講生達からの質問にも気さくに答えます。フランスやエストニアでもマスタークラスをやっているが、若い指揮者達の悩むポイントは世界共通だそうです。日本の若い指揮者は手や上半身の使い方が自然でとても良いが、それはマエストロ・小澤もまさにそうであるのと関係があるのでしょう。指揮の技術は楽器の習得よりは簡単なことであり、あとはいかに自分の伝えたい内容をオーケストラに簡潔に伝えるか、そして後は実践あるのみ、とのことでした。

ヤルヴィ氏は「50歳を過ぎて、やっと自分を指揮者として一人前に感じている。クラシックの音楽家には伝道師としての面があり、次の世代に伝えていかなくてはいけないし、若い人たちに教えることにより、自分が思うように振れなかった若い頃のことを思い出す、指揮者の道は本当に長い道のりなのです」と言っていました。

具体的な質問としては、「ジュピターのテンポはどうお考えですか?」という問いに、「モーツァルトはベートーヴェンのようにテンポ記号を書いていない。たくさんの可能性があり、自分で歌ってみて腑に落ちるテンポを探すべき。他の部分とのバランスもあるし、オーケストラの性質によっても違う。古楽オーケストラとベルリン・フィルは全然違うテンポが必要でしょう。だから答えは一つではありません。」と答えていました。

音楽は呼吸。指揮はコミュニケーション、というご意見は、オペラ・ファンとしても納得のいくものでした。これからも素晴らしいコンサート、そして出来ればオペラでも活躍して下さる事を願っています!

文・井内美香
パーヴォ・ヤルヴィ 指揮公開マスタークラス

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