オペラ・エクスプレス

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首席指揮者アンドレア・バッティストーニのトークを交えた演奏会。東京フィル2016-17シーズンの締めくくり「平日午後のコンサート」

東京フィルハーモニー交響楽団の「休日」「平日」とそれぞれ年6回ずつ開催されている「午後のコンサート」シリーズの人気の秘密は、東京フィルの充実した演奏に指揮者のトークを交えることで、より気軽にクラシック音楽に親しめるものだ。その人気シリーズ「平日午後のコンサート」が、東京フィルの2016-17シーズンを締めくくる公演として、3月15日に東京オペラシティコンサートホールにて開催された。指揮とお話は首席指揮者アンドレア・バッティストーニ、曲目はヴェルディの「運命の力」序曲とチャイコフスキーの交響曲第六番だ。定期演奏会で前半に演奏したラフマニノフのピアノ協奏曲からヴェルディの序曲に変えて、果たして彼は何を語り、何を聴かせてくれただろう?
以下、コンサートの進行にあわせてレポートとレヴューを組合せて書き進める。せっかく彼が多くを語ってくれたのだから、私の記憶による要約にはなってしまうけれどぜひお伝えしたく思うため少々変則的な書き方になることをご容赦願いたい(なお、コンサート中にメモを取るわけにはいかないので、本稿の中で私の記憶違いがない、とは申し上げられない。そこも含めて、本稿の文責は私にあることをお断りさせていただく)。


開演してすぐ、オーケストラのいない舞台にバッティストーニ登場、コンサートはまずトークで始まった(通訳は井内美香、もはやおなじみのコンビネーションだ)。そしてバッティストーニはこのプログラムの趣旨を「ロシア音楽をテーマにしたもの」だ、という。ヴェルディとチャイコフスキーの組合せによるプログラムはあまりないけれど、この二曲をロシアでつなぐのは不自然ではないことを、いくつかのポイントを指摘して説明してくれる。
まず歌劇「運命の力」はマリインスキー劇場が委嘱した作品で、ある意味では”ロシア”のオペラであることを指摘する。その成功故にロシア音楽に影響を与え、例えばムソルグスキーの「ボリス・ゴドノフ」はヴェルディが示した”民衆の音楽をオペラに用いて、しかも芸術的に昇華している”点で直接的な影響を感じるという。また、「運命の力」とチャイコフスキーの交響曲第六番とは「運命」というテーマでつながっている、と彼は言う。「どちらの作品も、個人を叩き潰すような苛烈なものとして運命を描き、それに抗う人間のドラマを描いている」というのだ。なるほど、お話の展開はいささか荒唐無稽な「運命の力」だが、そこには必死で生きる人々が描かれている作品だ。彼の雄弁は実に説得的で、演奏への期待も増すばかりだ。
話の間にオーケストラのメンバーが入場し、コンサートは演奏に移る。「運命の力」序曲は、「題名のない音楽会」での演奏も含め、バッティストーニと東京フィルが過去に何度か演奏している曲だ。しかし以前、”繰り返し取り上げるからと、演奏をルーティンにしないよう心がけている”と語っていた彼らしく、今回も随所で新鮮な表情付けをしているから、私たち聴き手を飽きさせるようなことはない。特にもハープを伴うクラリネット独奏からの美しくも力強い音楽の流れは彼のヴェルディの真骨頂だった。”ヴェルディの序曲の中でも特に構成の優れた作品の一つ”と語ったバッティストーニの「運命の力」ならぜひまた聴きたいし、オペラ全曲ならばますますもって望むところだ、多様な手法による複雑な作品を見事に描き分けてくれることだろう。

(C)上野隆文

(C)上野隆文

そんなことを私に思わせた前半は短めに終わって休憩が入り、再開もトークから始まった。このコンサート恒例のQ&Aでは、前回のコンサートで募集した質問二つに答えてくれた。
「以前ロックを演奏していたとのことですが、楽器はなんですか?今はロックは演奏されないのでしょうか?」という問いには「ベースギターを演奏していました。ほら、クラシックではチェロを弾いてるからこんな感じで(と、チェロの構えから楽器を斜めにする仕草、場内からは笑いが起きる)。今は演奏する時間が取れませんが、最近もブライアン・メイと共演していますし、ジャンルを超えた音楽経験には意味があると思います。過去の作品だけではなく現在の音楽についての経験も、クラシック音楽を豊かにしていると思いますね」と、先日のジェフ・ミルズとの共演による「爆クラ」公演が大好評で迎えられたのも納得の回答だ。
もう一つの質問は「日本食は好きですか?具体的なメニューでは?」というもの。くだけた質問に笑顔を浮かべながら「日本食は好きですよ。でも日本食は種類が多いから、どれかを選ぶのは難しいね……何かを挙げるなら、そう、神戸牛のしゃぶしゃぶとか(場内笑)。そうそう、前に東京フィルと一緒に行った大阪で食べたたこ焼きも美味しかったね」と語る彼に、場内は大受けだ。あれほどの演奏につい忘れてしまうけれど、彼は未だ30才にもならないイタリアの若者なのだ。あれだけの演奏を聴かせてくれる音楽家のこんな素顔が見られるのもこの「午後のコンサート」シリーズの魅力だろう。

オーケストラのメンバーが入場する中、トークのお題はメインのチャイコフスキーの交響曲第六番に移る。この作品がどれだけ彼にとって大切なものかを語り、そしてより作品そのものに踏み込んだトークは、オーケストラの演奏も交えて白熱していく。必要なら自分で旋律を歌い、解釈を語るバッティストーニが、最初のトークでも語ったとおり「希望を見出しては運命に打ちのめされる」、そのドラマがメロディやモティーフにも表現されていることを手際良く示すその姿に、往年の若きバーンスタインによる「ヤング・ピープルズ・コンサート」を思い出したのは私だけではないだろう。編集の余地などないコンサートながら間が悪くなるようなこともないのだから、その司会ぶりの見事さにも感心させられる。彼が本当にこのスタイルが好きで、なにより私たち聴き手に伝えたいことが尽きぬほどあるからこそ、このような進行ができているのだろう。
トークの最後には、終楽章冒頭の”トリック”を実演で示してくれた。旋律の美しさはチャイコフスキーの魅力だけれど、ここではあえて第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンが旋律を構成する音程を分割して交互に音にするように書かれているのだ。「音楽が進めばそのまま旋律として演奏されるこのメロディが、ここではこう書かれているのはなぜか?……それは誰にもわかりません(笑)」とはぐらかすバッティストーニだったが、それは”自分の答えは演奏で示します”ということだったろう。

(C)上野隆文

(C)上野隆文

肝心の演奏は、いま現在の彼をすべてこの音楽に投げ込んだような、苛烈で凄絶なチャイコフスキーだった。自分自身をも叩き潰しかねないほどの強い力を描き、それに抗うように指揮台を踏み鳴らしてオーケストラを鼓舞するバッティストーニの指揮は、いつもの若さに見合わぬほどに目配り上手な彼の指揮とは一線を画すものだ。これほどまでに没入して音楽に取り組む様に、私は圧倒された。
前に話を伺った際に”この作品を作曲家の死とは結びつけたくない、ここで描かれるのは生と死の闘争だ”と語っていた彼らしく両端楽章は特にも力強い音楽が展開される。たとえば第一楽章ではテンポの緩急を大きめに取り、フレーズの中の強弱(<>)を徹底していたけれど、それはどちらも楽譜に示されたものだ。それがこう強く印象に残るのは、彼がそれを音にすることで示した感情表現の強さ故、だろう。
第二楽章の歪なのに優雅な五拍子のワルツは、この日の演奏の中で唯一音楽の美しさにひたれる時間だったかもしれない。続く行進曲の壮絶さを、続いた終楽章のドラマを私は忘れないだろう。彼ならではの多彩なフォルテの表情は強迫的な行進曲を輝かしく華やかに響かせるが、それでもこの音楽の焦燥感は隠されることはない。クライマックスの大音響さえ絶望的に響くのは彼の解釈どおり、運命に敗北することを感じていながらの闘争の音楽ということだろうか。続く終楽章は”一般的に思われているほど遅いテンポ指定ではないんですよ”と語っていたとおり、早めのテンポで進む。トークで説明してくれた冒頭から、音楽は美しく響くけれど、繰り返されるモティーフはどこにもたどり着けない祈りのようでもある。音響的頂点の激しさも、美しい旋律も儚く消え、死を表象する銅鑼が鳴り、トロンボーンのエクアーレが重々しく奏でられ、音楽は静寂へと消えていった。演奏を終えて、しかしなかなか客席に向き直らない彼を、私はこの日初めて見た。大切な作品に、それほど没入していたのだろう。
彼が”オペラ以外のクラシック音楽に興味を抱いた最初の、大切な曲。年に一度は演奏して、そのたびに自分自身の音楽観や経験を確かめたい”という「悲愴」を、バッティストーニと東京フィルはいわばワーク・イン・プログレスならぬ「パフォーマンス・イン・プログレス」として、これからも折に触れて取り上げて、その時どきの彼らを率直に示してくれることだろう、次に演奏されるときも、さらにその次も…

(C)上野隆文

凄絶な演奏の後にはまさかのサプライズ。鳴り止まぬ拍手の中、マイクをもって登場した彼は英語で短くスピーチした(コンサート内のトークはイタリア語。なおこの部分は通訳なしだったので、私が聞き取れた範囲での意訳になる。その正確さについてはあまりお約束できないことをご容赦願いたい)。「この作品を演奏した後に何かを話すのは難しいのですが、これで今シーズンの演奏会は終わりました。ですが、次のシーズンの定期演奏会もこのシリーズも、開幕公演は私が指揮します。ぜひまた、そのコンサートでお会いしましょう」と話して満場の聴衆から拍手を受けるバッティストーニと東京フィル。そして「哀しい雰囲気でシーズンを終えるのもなんですから」と短く言って、まさかのアンコールとしてドヴォルザークのスラヴ舞曲第八番を、オーケストラとの対話を楽しむように指揮して、彼が首席指揮者に就任した東京フィルの2016‐2017シーズンの幕を自ら降ろした。短いプログラムかと思われたコンサートも終わってみれば約二時間と、定期演奏会とそう変わらない充実したものとなった。


さて東京フィルの新シーズンは5月に、アンドレア・バッティストーニの指揮で開幕する。まずはこのシリーズで今回と対になるようにチャイコフスキーの交響曲第五番をメインとした演奏会(17日)、そしてストラヴィンスキーの「春の祭典」を取り上げる定期演奏会(19日・オペラシティ、21日・オーチャードホール)、さらに文京シビックホールで開催されている恒例の「響の森クラシック・シリーズ」(20日)に続けて登場する。
「休日午後のコンサート」では彼の出身地、ヴェローナを舞台とした名作「ロメオとジュリエット」をテーマにしたプログラム(「休日午後」6&9月)も用意されているし、演奏会形式のオペラも今年は「オテロ」(9月・オーチャードホール)を取り上げる。充実したプログラムが並ぶ新シーズンのバッティストーニと東京フィル、定期に「午後のコンサート」に、そしてオペラにと、ますます充実していくだろう未来に、期待しかない。

取材・文:千葉さとし reported by Satoshi Chiba

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