オペラ・エクスプレス

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【インタビュー】脇園彩(藤原歌劇団公演《セビリャの理髪師》ロジーナ役)―――舞台は究極のコミュニケーション。お客さんも含めて皆が一体になる。それは日常には無いものです。

藤原歌劇団の《セビリャの理髪師》公演で4月29日にロジーナを歌う脇園彩さん。ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルやミラノ・スカラ座にも出演している注目のメゾ・ソプラノです。帰国中の脇園さんにインタビューしました。
ayawakizono
Q:脇園さんがオペラ歌手を目指したきっかけを教えて下さい。

A:もともと両親が舞台俳優を目指していたんです。私が生まれた時に二人は舞台をすっぱり止めたんですが、子どもの頃から母がよく舞台を観に連れて行ってくれました。両親の影響を受けて劇場や映画が好きな子供だったんです。特にミュージカル映画は大好きで、ジュリー・アンドリュースやバーブラ・ストライザンドに憧れていました。

Q:音大を受験したのは、ミュージカルのために発声をきっちり学ぼうと思ったからだとか?

A:そうなんです。英語は子供の時からやっていましたし、中学二年生からは英語劇部という部活に入って、英語でミュージカルをやったりしていました。音大受験を決めたのは高校生になる春だったのですが、趣味で習っていたピアノの先生が東京藝大を卒業した方だったので、藝大のオペラ科を出た声楽の先生を紹介して下さって。歌を勉強するなら一番難しい所を狙おうか、ということで藝大を目指したんです。

そして藝大に入学した頃だったと思いますが、メトロポリタン歌劇場(MET)の来日公演《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》を観ました。ヴィオレッタ役はルネ・フレミング。その時までは、オペラは歌が中心だから自分がやりたい演技が出来る舞台とは違う、と思っていたんです。ところがMETの豪華な舞台を目の当たりにして、しかもフレミングですからとっても演劇的で。ああ、総合芸術だなあって思いました。第二幕第一場でヴィオレッタと父ジェルモンの対話があり、その後で彼女がアルフレードに手紙を書きますよね。あの場面でむちゃくちゃ感動して、「私、これをやりたい!」って(笑)。それに生の声にも感動したんです。マイクを使わないでこんな事が出来るんだって。オペラをやろう、と思ったのはその時でした。

Q:その後、マリエッラ・デヴィーアのマスター・クラスを受けたんですね?

A:大学院一年生の時です。東京文化会館が主催したデヴィーアのマスター・クラスに応募したんです。私は「マリア・ストゥアルダ」のエリザベッタのアリアを歌いました。そこで、こてんぱんにやられて(笑)。その時、私は高音が伸び悩んでいたんです。まだテクニックがなかったので今思えば当然だったんですが。デヴィーアに「どうやったらそんな素晴らしい高音が出せるんですか?」って聞いたら、「高層ビルはね、てっぺんからは建てられないでしょう?」と言われて。つまりは土台からやりなさい、という事ですよね。私は今まで何をやって来たんだろう、って。

Q:でも、すでにベル・カントの難しい曲を持ってマスター・クラスに臨まれたんですね。

A:もともと私の声は、ソプラノなのか、メゾ・ソプラノなのか分からないと言われ続けている声なんです。今もまだそう言われているんですが(笑)。ですから自分の声に合っているアリアをずっと探していました。ベル・カントが合っているようだ、ということでベル・カントの女王であるデヴィーアのマスター・クラスを受けたのです。その時に彼女に「一緒に勉強したいです」とお願いしたんですが、「私は忙しいから生徒は取らないの。イタリアで時々マスター・クラスをやるから、それに来られたら来なさいな。」と言われました。じゃあ、私、イタリアに行こう!って(笑)。

Q:積極的な性格ですね(笑)。思い込んだらすぐ行動なんですね?

AYA WAKIZONOA:そうなんです(笑)。私は洋画をたくさん観ていた事もあり、もともと海外に憧れていたんです。ミュージカルが好きだった頃はブロードウェイ、音大生だった時代はドイツかアメリカに留学したいな、と思っていました。そしてデヴィーアに出会って、これはイタリアしか無い、となったんです。留学準備のために、藝大で師事していた先生の知り合いの方を頼ってパルマに二週間行きました。2012年の春の事です。その時幸運にも、フィレンツェでデヴィーアとソニア・ガナッシが共演した《アンナ・ボレーナ》を観ることが出来たんです。二人のハーモニーは最高でした。今、聴くことの出来る中で、私にとってこの二人を超える歌手はいないと思っています。

大学院を卒業してすぐ、文化庁の海外研修生としてパルマに留学しました。大学院(オペラ科)の修士論文と演奏会にロッシーニのオペラ・セリア《エルミオーネ》を選んだこともあり、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル(ROF)にはとても興味がありました。もともとアジリタ(ロッシーニ等の歌唱に不可欠な装飾歌唱の技法)が得意だった事もあり、イタリアに行ったらROFのアカデミーは絶対トライしようと思っていたんです。その時はイタリアに行ってまだ四ヶ月だったけれど、やらなければ何も始まらないから、と思って行きました。

ROFアカデミーのオーディションでは《セビリャの理髪師》から「今の歌声は Una voce poco fa」を歌いました。歌い終わった時、アルベルト・ゼッダ先生が凄く遠くのお席から「コルブランの声が…」って何かおっしゃっていて、でも私はよく聴こえなくて「え?え?」って(笑)。その時にゼッダ先生は「あなたはイザベッラ・コルブラン(ロッシーニのミューズだった名歌手)のような声なのかも知れない」と言っていらしたそうなんです。その後にペーザロで聞いた話では、ゼッダ先生は生涯〈コルブランの声〉を探し求めていらっしゃったそうです。私もどんな歌手だったのか、すごく知りたいです。スタンダールの伝記等を読むと、コルブランはかなり若いうちに声が衰えていたようですが、その後もカリスマが凄かったと。やはりマリア・カラスに近いものがあったのかな、と思うんです。決して素晴らしい美声ではないけれども、強くて、アジリタがあり、ちょっとビブラートがある声で…。

Q:コルブランの声に似ているのでは?というゼッダ先生のご意見は興味深いです。その後は、やはり狭き門であるスカラ座アカデミーに入っていますね。その経緯は?

A:7月にペーザロでROFのアカデミーが始まってすぐの時、スカラ座アカデミーが歌手の追加募集をしている、ということを知りました。スカラ座はその年に、子供のための《ラ・チェネレントラ(シンデレラ)》公演、次の年に《セビリャの理髪師》公演があったのでそのための歌手を募集していたんです。急いでオーディションを受けに行きました。そのオーディションに合格して、スカラ座アカデミーに入る事になります。

Q:スカラ座アカデミーではどのようなことを学んだのでしょうか?

A:スカラ座アカデミーは、学校というよりは若い歌手達にとっての重要なショーウィンドウなんです。音楽院を卒業したけれどもまだエージェントはついていない、という歌手達が、この世界に一人で入って行く前に研修所で学ぶ事が出来る。プロで仕事をしている人達と一緒にリハーサルをして本番を歌うことによって、劇場がどう動いているかを実際に体験する事が出来るんですね。私が入った年には特にプロダクションが多くて、次から次へと公演がありました。

Q:つまり、すぐに本番で歌った、ということですね。脇園さんに以前お話を聞いた時に、オペラは日本では藝大の《ドン・ジョヴァンニ》公演でドンナ・エルヴィーラを歌った事があるだけだとおっしゃっていましたが、その後すぐにイタリアでROFの《ランスヘの旅》にメリベーア侯爵夫人役でデビュー、その次がスカラ座の《ラ・チェネレントラ》主役だった、ということですか?

A:そうです。ですから全然経験が無いままだったんです。何も分からないで、どんどん環境に合わせて目の前の事をこなしていくしか出来ませんでした。《ラ・チェネレントラ》が終わると、スカラ座の皆でオマーンで《ファルスタッフ》を上演するというのですぐにそのリハーサルが始まって。それらの公演の合間には、ルチャーナ・ディンティーノ、レナート・ブルゾン、ルチャーナ・セッラがマスター・クラスという形でそれぞれ一週間位のレッスンをしてくれました。

Q:ほとんどは実際に舞台で歌いながら学んでいった、ということですね。

A:そうですね。そうこうするうちに2015年1月の初めに、マリエッラ・デヴィーアがナポリの郊外でマスター・クラスを開催したんです。そこに行って5日間勉強しました。ついに夢が叶った!と思いました。そしてその最後にもう一度「一緒に勉強したいんです」と言ったら、今度はOKして下さって。「昔、日本であなたのマスター・クラスを受講したんです」、と言ったら「私、全然覚えていないわ」っておっしゃっていましたけれど(笑)。

Q:晴れてデヴィーアに師事出来るようになったんですね。先ほど、ゼッダ先生がコルブランの声に似ているのでは?とおっしゃったお話が出てきましたが、脇園さんの声はメゾ・ソプラノとソプラノの両方の要素を持っているようです。音色としてはメゾ・ソプラノなのでしょうか?音域は?レパートリーが近いかな、と思う歌手はどのような人ですか?

A:私の声はソプラノにしては少し音色が暗いです。音域は発声練習では上のE(ミ)の音まで行きますが、コロラトゥーラ・ソプラノの人と比べると最高音の音色が劣るんですね。今、活躍している人で言うと、ジョイス・ディ・ドナートや、エリーナ・ガランチャなどが若い頃に歌っていたレパートリーを歌っていると先が見えてくるのでは、と言われる事が多いです。

Q:スカラ座のアカデミー以外のご活躍では、昨年夏の、メルカダンテ作曲《フランチェスカ・ダ・リミニ》パオロ役への出演があります。この珍しいオペラの世界初演であるだけでなく、ファビオ・ルイージ指揮、ピエル・ルイジ・ピッツィ演出という巨匠が手がけた新演出ということでも際立っていました。このプロダクションは最近、日本語字幕付きでブルーレイディスクも発売されており、私も脇園さんの素晴らしいパフォーマンスに圧倒されました。

A:ありがとうございます。この《フランチェスカ・ダ・リミニ》が上演されたのは南イタリア プーリア州のヴァッレ・ディートリア音楽祭といって、ファビオ・ルイージが音楽監督を務めています。ルイージはスカラ座アカデミーのオーケストラでも教えていたんですが、ある日、ルイージが私達をオーディションすると言われて。何のためのオーディションだか分からないまま自分の得意曲《ラ・チェネレントラ》などを歌ったのですが、一週間くらいすると、この音楽祭の芸術監督からメールが来ました。そこには「マルティーナ・フランカという町があるんだけれども知っていますか?」とか「君の役はかなり難役だけれど…」とか書いてあって(笑)。それがこのオペラの事だったんです。

Q:確かに脇園さんが演じたパオロ役が歌う二つのアリアはとても難しそうでしたね。

A:はい。音楽的にはこれまでやった中で一番難しかったです。でも充実していました。難しくて長いオペラなんです。

Q:長いとは感じませんでした。ルイージの音楽性があるからそう思わなかったのかもしれません。メルカダンテはヴェルディの先駆けとなったと言われる作曲家ですが、ああいう作品はやはり演奏者が作り上げていく部分が大きいと思うんです。夏の音楽祭ですから野外で、ずいぶん強い風が吹いていましたね。

A:マルティーナ・フランカのドゥカーレ宮殿の中庭はすごい風が吹くので有名なんです。演出家のピッツィはその風を利用するためにあのような衣裳にした、と言っていました。風が強いので衣裳がふわぁっとなって、それがまた絵のようでしたね。ピッツィは舞台の事をすべて分かっている方で、一緒に仕事が出来て本当に良かったです。この夏もまたペーザロの《試金石》の演出をなさるので、ご一緒出来るのが楽しみです。

Q:藤原歌劇団の《セビリャの理髪師》に出演する事になった経緯は?リハーサルはどのような様子ですか?

AYA WAKIZONOA:今回、私はゲスト歌手としての出演になります。藤原歌劇団の方がペーザロの《ランスヘの旅》に出演していた私を聴いて下さり、それがきっかけになりこのお話を頂きました。今回の《セビリャの理髪師》は稽古場の雰囲気がとてもいいんです。皆さんイタリアにお住まいになっていたことがあったりとか、イタリアの素養がある方ばかりなので、演技中にイタリア語でコミュニケーションが出来ますし、それぞれが普段から自分の持ち役にしている役を歌われるのでヴァリエーションが効いてとても面白いです。

演出の松本重孝先生は、藝大の大学院生時代に一度、オペラ・ハイライトで演技をつけていただいたことがあるんです。でもこのあいだ一番最初の稽古の時にお会いしたら「どうも初めまして」って言われて、「先生、初めましてじゃないです。」って(笑)。「あっそう。どこで?」って、全然覚えていらっしゃらなかった(笑)。重孝先生はイタリア語をすごくよく解っていらっしゃって、台本の読みが深くて素晴らしいです。

Q:《セビリャの理髪師》でお好きな場面はありますか?

A:第二幕の五重唱がすごく好きです。ドン・バジーリオが来てはいけない所に登場して、という場面ですが、音楽はしっかり作り上げた上で、演技はすこしアドリブっぽいというか、変化球を投げても返ってくる、みたいなことが出来るんです。スカラ座でルッジェーロ・ライモンディが、天然なのかわざとなのか私達共演者にもさっぱり解らないおとぼけのギャグをくり出して来たり、ボローニャ歌劇場で共演したパオロ・ボルドーニャは変顔が得意だったりとか(笑)、面白い経験がたくさんあります。そうやって素晴らしい共演者から学んでいくと、その人によって色づけが全然違うのが面白いのです。

Q:今回の上演は、アルベルト・ゼッダの2009年のクリティカル・エディションを採用しているそうですね。ロジーナのアリア「今の歌声は」のヴァリエーションはどうしていますか?

A:基本はゼッダ先生のものです。そこに、スカラ座のアカデミーで弾いているピアニストなどと勉強した内容を加えた、自分ならではのヴァリエーションがあるので、それを歌います。

Q:今後はイタリアを中心に歌っていくご予定ですか?どのような歌手になりたい、という抱負はありますか?三年前にお会いした時にはMETで歌うことが夢です、とおっしゃっていましたね?

A:これから数年はイタリアが中心になると思います。METに出演したい、という夢は今でも変わりませんが、付け加えるとそれはMETに限らないんです。帰国する前にヴェローナでベッリーニ《カプレーティ家とモンテッキ家》のロメオを歌ったんですが、ジュリエッタはイリーナ・ルング、テバルドはシャルヴァ・ムケリアでした。この二人と仲良くなって、一緒に食事に行って声の話ばかり三時間位おしゃべりしたんです。至福の時でした(笑)。彼らも、本当に、オペラを純粋に愛しているんです。名声とかもやっぱり関わって来る世界ですけれども、そういうことだけではなくて、伝統芸能としてのオペラを愛して、それを守っていく。広めていく。そういう志を共に出来る歌い手、楽器奏者、指揮者、演出家、裏方さんを問わず、そういう人達と一緒に仕事ができる場所に常に身を置きたいな、というのが私の願いです。今の所それが叶っているので満足です。

Q:オペラの醍醐味はどこにあると思いますか?

A:オペラに関わっていると苦労が多いです。お金はないし、体調管理は大変だし、お酒も飲めないですし(笑)。でも私は旅をして色々な人に出会ったりするのが好きなんです。舞台を一緒に作る事は究極のコミュニケーションだと思っています。めったに無いんですけれど、みんなの気持ちがふわっと集まって、何かそこに魔法の空間が出来る事があるんですよ。稽古では出来なかった事も出来てすべてが上手く行く。説明は難しいのですが。時が一瞬止まったかのような魔法の瞬間が訪れるんです。お客さんも含めて皆が一体になる。それは日常には無いもので、その瞬間は究極のコミュニケーションだと思うんです。このような経験があるから舞台はやめられないですね。

Q:貴重なお話をどうもありがとうございました。脇園さんの今後の大活躍をお祈りしています。

AYA WAKIZONO脇園 彩/Aya WAKIZONO
メッゾ・ソプラノ/Mezzo Soprano


東京芸術大学卒業、同大学大学院修了。
学部3年次に安宅賞、卒業時にアカンサス音楽賞及び同声会賞受賞。2013年より文化庁新進芸術家海外研修制度研修員としてイタリアに留学。パルマ・アッリーゴ・ボーイト国立音楽院ビエンニオコースを経て、ミラノ・スカラ座研修所を修了。新しい声2013国際コンクール(ドイツ)セミファイナリスト。

(藤原歌劇団《セビリャの理髪師》キャストプロフィールより転載)

インタビュー・文:井内美香  / photo: Naoko Nagasawa

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