オペラ・エクスプレス

The opera of today from Tokyo, the hottest opera city in the world

ワーグナー×ブルックナーの親交―5月の上岡敏之×新日本フィル

4月定期でブラームスとドヴォルザークの親交を描いた上岡敏之×新日本フィルが、5月定期ではブルックナーとワーグナーの親交をプログラムにして見せた。それも、ただ字面や歴史的経緯の関係性を紐解いただけではなかった。演奏における只ならぬ色香にも、彼らがこのプログラムに込める意図ははっきりと刻印されていた。

演奏会は、清純なエリーザベトと女神ヴェーヌスという二人の女性間の愛に揺れる騎士を描いた「タンホイザー」の序曲に始まる。冒頭はホルンと木管の融け合った響きで、かつ幾分ゆったりとしたテンポで開始される。E-durの安らいだ響きの中で、徐々に熱を帯びてゆきトゥッティで「巡礼の合唱」の旋律が姿を現すのである。この膨らみ感はなかなかのものだが、更に驚かされたのが続く「ヴェーヌス讃」の箇所だ。ヴェーヌス讃歌を高らかに歌い上げるヴァイオリン群の一方では対旋律が鳴っているのだが、これを奏でる中低弦が異様なまでに強調される。その意図は如実に豹変した指揮姿―激しく鞭がしなるように体をヴィオラ群に傾けていた―からも明らかで、旋律の対比というよりは、対決とすら言っていいものだったように思う。もし敬虔な「巡礼の合唱」と、肉感的な「ヴェーヌス讃歌」を差別化するためだったとすれば、それは成功だ。

「タンホイザー」から十余年のちに書かれたのが音楽史上の大傑作「トリスタンとイゾルデ」だが、この作品を語る上で外せないのが、次に演奏された「ヴェーゼンドンク歌曲集」だ。ドイツの三月革命に加担しドレスデンから亡命したワーグナーを、スイス・チューリヒの絹織物商オットー・ヴェーゼンドンクはパトロンとして受け入れる。ヴェーゼンドンク邸での暮らしの中、大作曲家はなんとオットーの妻マティルデとの不倫に足を踏み入れる。その情愛の中から生まれた濃厚な果実が、「トリスタンとイゾルデ」と「ヴェーゼンドンク歌曲集」なのである。同時期に書かれた2作品は旋律面でも共通しており、今後上岡×新日本フィルによる「トリスタン」演奏にも期待が膨らむというもの。当夜ソロを務めたカトリン・ゲーリングは既に上岡氏と様々な作品で共演している歌手だが、弱音でも声が決して痩せず、また第4曲「悩み(Schmerzen)」の輝かしいAs音―その歌詞はまさに栄光(Glorie)!―でも豊かで無理のない発声を披露した。母語とはいえ、ドイツ語の淀みない美しさにも惚れ惚れするばかり。彼女を支えるオケも弱音方向に大きくパレットを拡大しており、先述した「トリスタン」の夜の二重唱と素材を同じくする第5曲「夢」での蠱惑的な息づき(見事な木管群!)は、抗いがたい魅力をもって迫った。理想的な歌唱と指揮、艶かしい音色のオケが三位一体で描き出した陶酔的世界。昇天してしまった。
新日本フィル5月_ 1
プログラムの最後を飾るのはブルックナー「交響曲第3番」。版問題などでやや敬遠されがちなのが残念な作曲家であるが、この第3番も御多分に漏れず作曲家の手により3度改訂されている。1873年バイロイトを訪問したブルックナーは、この作品を敬愛するワーグナーに献呈している(『ワーグナー』という副題の所以たるエピソードだ)。以後、1877年と1889年にそれぞれ第2稿、第3稿が出版されており、版の選択は議論を呼ぶのみならず、指揮者の作品に対するアプローチの現れにもなりうる。(余談だが、今年は第1稿が東京都交響楽団、第2稿が東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、第3稿が当夜の新日本フィルにより演奏されるという珍しい年でもある)
上岡氏は、比較的よく取り上げられる第3稿を本公演で選択した。だが、その演奏は「オーソドックス」とは全く異なるものだったのである。第1楽章冒頭から既に耳を疑うような音世界。和音を形成していく弦は超弱音のあまりほぼ聴こえず、霧はおろか素粒子レヴェルで少しずつ広がっていく音の中に管楽器が骸骨のように浮き上がる―端的に言って、奇怪なバランスだ。第1主題提示におけるこの拘り様は異様だったが、シンプルな情感にとむ第2楽章や終楽章の運び等、他は比較的穏当な表現のブルックナー。ただ、突然極端な弱音が訪れる瞬間は楽曲中に隠されており、聴衆を驚かせる。上岡氏の頭の中では、どんな響きが理想として鳴っていたのだろうか?公演から暫く経ったが、謎は深まる。
新日本フィル5月_2
大作の後だが、このコンビならではのアンコールを今宵も聴くことができた。「G線上のアリア」として知られるバッハ「管弦楽組曲第3番」からのエア(アリア)。なんと一般的な演奏の倍速近いテンポで、弦の奏法やダイナミクスにも工夫が凝らされていた。この選択はニ調繋がりだったのであろうか。ともかく、官能、性愛、重厚な交響曲とヘヴィーな一夜を、品のあるデザートで締め括ってくれた。ブルックナーの交響曲ではないが、Misterioso(神秘的)な余韻を残す演奏会でもあった。

文:平岡 拓也 Reported by Takuya Hiraoka
写真:青柳聡 Photos by Satoshi Aoyagi


新日本フィルハーモニー交響楽団
横浜みなとみらいホール 特別演奏会

2017年5月12日(金)
横浜みなとみらいホール 大ホール

ワーグナー:歌劇「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」序曲
ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集

ブルックナー:交響曲第3番「ワーグナー」

~アンコール~
J. S. バッハ:管弦楽組曲第3番より アリア

ソプラノ:カトリン・ゲーリング
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙
指揮:上岡敏之

コメントを残す

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top