オペラ・エクスプレス

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一番早く夜が明けるころに見る甘美な夢。METライブビューイング2016-17のフィナーレを飾る「ばらの騎士」を、オペラ歌手・森谷真理さんのトーク付きで!

一番早く夜が明けるころに見る甘美な夢のようなひと時。
絶対にライブビューイングで観ておいた方がいい今シーズンのラストを飾るMETのばらの騎士。

日々忙殺されていると、時にとんでもない損失を生じることがあります。今シーズンのMETのライブビューイングも実に楽しみな演目で全演目行きたいと思っていたのにもかかわらず、結局なかなかタイミングが合わずに行けないでついに最終演目に。しかし縁あって今シーズンを締めくくる「ばらの騎士」だけは東銀座の東劇で観ることができたのです。しかも、上映の前には、オペラ歌手の森谷真理さんのお話が聞けるという、豪華なイベント付きで!

上映前に行われた、森谷真理さん(オペラ歌手)のトークイベント。聞き手は、林田直樹さん(音楽ジャーナリスト・評論家)。

©松竹
上映前に行われた、森谷真理さん(オペラ歌手)のトークイベント。聞き手は、林田直樹さん(音楽ジャーナリスト・評論家)。「魔笛」の夜の女王役でMETの舞台に立った森谷さん。METでの体験談や「ばらの騎士」の魅力についてが語られました。森谷さんは、7月に上演される、東京二期会の「ばらの騎士」に、元帥夫人役でご出演の予定です。

結論から言うと「21世紀の名演奏」に数えられるかもしれない公演を観そびれることなく本当によかったという安堵。これをまず声を大にして申し上げたい。思えば引っ越し公演ではこれが最後、と言われた来日公演でも拝見したルネ・フレミングのマルシャリン。初めて歌ってからちょうどストーリー上の年齢と同じ17年と2か月目にあたる時に機会が巡って来て、役を歌うことに節目を感じたというオクタヴィアンを歌うエリーナ・ガランチャ。この二人のまさにはまり役の歌手たちにとって、一応今回で最後の「ばらの騎士」であるというだけでも、オペラファンならずとも観ておいて損のない公演である理由としては十分ではないでしょうか。

ギュンター・グロイスベックのオックス男爵も、歌い手を選ぶ頻出の低音、今回鑑賞した東劇のはす向かいの歌舞伎座ならば切られるであろう「見得」のように場をしっかりと留め聴衆をくぎ付けにするような迫力がありました。実はオペラの良しあしを左右する肝はこういう配役だったりするものです。また数あるオペラの中の役どころでもオイシイよなあ、と常々感じている「イタリア人歌手」を歌うのはマシュー・ポレンザーニ。リアルでは一度も聞いたことのない私でもわかる往年の名歌手のような風貌で登場。一曲でしかし、場を最大限に華やかにし、聴衆に余韻をもたらしていました。今回のライブビューイングでは案内役として幕間にスクリーンに登場。キャストや、スタッフからこの作品、METの裏側、オペラの魅力など楽しいトークを引き出す役目も務めていました。ゾフィーのエリン・モーリー、ファーニナルのマーカス・ブリュックはじめ、荒の見えるようなことのない粒のそろったキャスティングはしかし、絶対的にはかなり長い上演時間を誇るこの演目においては必要条件と言えるでしょう。ワーグナーの楽劇以上に、オーケストラがヴォーカルの伴奏になっていない、素人にも容易にその難易度の高さは理解できるこの作品。しかも、場面場面に複雑な表現が求められますね、それを「大変な高度な技術な歌唱」を感じさせず、総じてサラッと歌い上げている。そのことがすごいと思いますが、これでないととても観ること自体が難行苦行になりかねないのが「ばらの騎士」だと思うのです。だからおススメ以前に「この『ばらの騎士』は大丈夫、サラッと見ることができますよ。」というご報告をまずしておきたい。これが私の本心と言ってもいいかもしれません。22世紀になって、21世紀を振り返ったとき、今シーズンのメトロポリタン歌劇場の「ばらの騎士」は世紀の名演奏に数えられる可能性もあるのではないか。そんな風に思ったほどでした。

「オペラの恋は、色褪せない。」2016-17のMETライブビューイングのパンフレットにも書かれているキャッチコピー。筆者はだいぶ縁がないと思うのですが、皆さんはいかがでしょうか。オペラには数々の色恋沙汰が描かれます。「ばらの騎士」ももちろんそんなやり取りが話題の中心になります。しかし、なかなか因果なものです。若いから熱くなるオクタヴィアン、永遠を口にすることほど儚いし、齢を重ねることでそのことが見えてくる。今を楽しんでいるかのようで最終的には運命や、定めを何となく見透かしているような元帥夫人(マルシャリン)。憎まれ役のようなオックス男爵がどうしてああいうふるまいをしなければならなかったのか。初演された当時の第一次大戦前、世紀末のざわざわした感じの時代での演出されていることも、今この時代に独特の説得力を帯びていたと感じます。「ばらの騎士」と言えばズボン役のオクタヴィアンの存在が特徴の一つ。男色の風潮もその世紀末感を深く、印象的に見せているように思います。しかしそれを妙なキワモノに貶めないのは甘美で格調高いリヒャルト・シュトラウスの五線紙上の仕事の賜物と言わねばならなりません。

はまり役2名のラスト公演。初演当時での演出。きわめてバランスの取れた配役。これらすべてが織りなす、格調高く、下世話な場面でさえ、品よく仕上がったプロダクション。オペラファンならずとも楽しめる「ばらの騎士」ではないでしょうか。

休憩時間を入れると4時間30分をわずかに切るほどの大作。そんな短めのレム睡眠を少し超えるくらいの上演時間の公演は、しかしながら間もなく夏至、一年で一番夜明けが早いこの時期に見る夜の甘美な夢のように、あっという間のことでした。もちろん大切な人と一緒にご覧になるのもいいでしょうが、一人でご覧になったら誰かを思うかもしれません。何かの予感がするだけでも素敵なことではないでしょうか。若いから背伸びをしたくなる。年齢を重ねたときには何にもまして燦然と輝くのは若さである。身分を守るために、結婚相手を選ぼうとし、その気高さとは真逆の態度をとる。しかし人生とは思い通りにはいかないもの。オペラの中だってそうなのだから、それは自らの日常を振り返ったとき、そうやすやすと思い通りになるはずはないなと思ったりして。凛々しいガランチャのオクタヴィアン。悔しいがオトコの筆者も惚れ惚れしてしまいました。甘くも少しビターな、そしてそこにあっても、なかなか思い通りにいかない。そういう中で紡がれる幸福。そんな大人の恋の話を、最高の画質と音質で、お好みのドリンクとポップコーンをそばに置いてご覧になりませんか?

今観ておかねば、もう二度と見ることができないかもしれません。そんな色褪せない恋の話も、16日までの上演期間。是非ご覧になることをお勧めします。甘美な夢はすぐに醒めてしまいますから。夜は思ったよりも早く明けてしまうのですから。

取材・文:中込健太郎(クルマライター)

METライブビューイング 2016-17 第10作
R・シュトラウスばらの騎士新演出

上映期間:2017年6月10日(土)~6月16日(金)

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ 
演出:ロバート・カーセン

出演:ルネ・フレミング(元師夫人)、エリーナ・ガランチャ(オクタヴィアン)、エリン・モーリー(ゾフィー)、ギュンター・グロイスベック(オックス男爵)、マシュー・ポレンザーニ(歌手)

MET上演日 2017年5月13日 上映時間:4時間24分(休憩2回)

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