オペラ・エクスプレス

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ワーグナー芸術に魅せられる「祝祭」の場―愛知祝祭管弦楽団「ワルキューレ」

愛知祝祭管弦楽団の名前を最初に聞いたのは、2014年に演奏されたブルックナー「交響曲第8番」(福島章恭さん指揮)のCDだった。悠揚迫らぬ運び、指揮者の解釈を実現する渾身の演奏に驚いたものである。そして昨年、この団体は「ラインの黄金」で4年間に及ぶ「指環」ツィクルスを開始したのだった。残念ながら第1弾の公演には赴けなかったのだが、東京から遠征した友人たちが口を揃えて「凄かった」と激賞する。こうなれば、より音楽・物語ともに烈しさを増す第一夜「ワルキューレ」を逃す手はあるまい―こういった経緯で、ようやく愛知祝祭管の実演に接することができた。

会場に入る。舞台に扇状に広がる大オーケストラ(ハープ6台!)の中央に、小高く舞台がこしらえてある。この小舞台が主たる歌手の演技スペースとなるのだ。開演が迫ると、パイプオルガンの前に金管楽器奏者がずらりと並び、高らかにファンファーレを奏する。各幕毎にファンファーレは鳴り響いたが、これはまさにバイロイト様式。なるほど、「祝祭」の場というわけか!

三澤洋史さんが鋭く冒頭を振り下ろすと、重厚な低弦が唸り物語が開始される。三澤さんの指揮に斬新な要素は感じない。しかし、解釈如何でなく、オケ共々作品に正面から向き合う姿勢が舞台に充満していたことは特筆しておきたい。丁寧なキュー出しに導かれ、ある時は美しく、またある時は体当たり的な熱狂で長丁場を彩った。第1幕終盤の追い込み、第3幕「ワルキューレの騎行」での邁進などは特に印象深かった。より管楽器の音程が揃って欲しいとか、縦の線が明瞭に聞こえないとか、そう言ったことを書けばキリは無いけれども、重要なライトモティーフ群は想像以上に浮かび上がってきたのである。世界的にも優れた水準を誇る愛知県芸術劇場コンサートホールの音響も多分に味方したに違いない。

全国から結集した歌手陣も充実した歌を聴かせた。第1幕成功の鍵を握る兄妹がまず目覚ましい出来。片寄純也さん(ジークムント)が初役とは思えぬ充実で、1幕最後の見せ場である「栄えよ!ヴェルズング族の血よ!」(„so blühe denn Wälsungenblut!“)も輝かしく決まった。清水華澄さん(ジークリンデ)も演技含め息もつかせぬ没入で圧倒。ブリュンヒルデへ感謝を捧げる第3幕序盤の絶唱(初出の『愛の救済の動機』に乗せて歌われる)で頂点を築いた。青山貴さん(ヴォータン)は各地でこの役を歌う第一人者としての貫禄を見せつけ、「告別」に至るまで堂々たる歌唱を聴かせた。ブリュンヒルデの基村昌代さんも尻上がりに好演。とくに、第2幕の死の予告以降の感銘は彼女によるところが大きいと感じる。8人のワルキューレは量感に不足は無かったが、オルガン席からの歌唱はオケの轟音に押され気味だった。

本公演は「コンサートオペラ」、つまりコンチェルタンテ形式の上演であった。コンサートホールにおけるオペラ上演は、舞台上演ではピットに入っているオーケストラがステージに乗り、作曲家の凝らした管弦楽法を手に取るように味わえる利点がある一方、演出手段がどうしても限られてくるという制約もある。今回の佐藤美晴さんの演出構成は、利点は殺さず、制約を逆手に取り、結果的にコンサートオペラの良さを最大化していたように感じる。今年5月・東京文化会館における日フィル「ラインの黄金」の演出でも優れていた照明効果(光の組合せのみで見事な大蛇を創出!)は「ワルキューレ」でも健在だ。対して小舞台はスペースの狭さもあり限定的で、ジークムントがノートゥングを引き抜く瞬間(第1幕の音楽的大詰めでもある)の剣の扱いは物足りない。一方、第2幕でのホール空間を活かした采配は抜群に優れていた。ジークムントとフンディングの決闘において、ホールを小舞台・オルガン席・3階バルコニーと縦三層に分けて場面を作っていた。この区分により、決闘の当事者たる2人は最も目立つ箇所に置かれ、最高神たるヴォータンは2人を高所から威圧的に見下ろす。そして、ヴォータンの意に背きジークムントを助けたいブリュンヒルデ、無力なジークリンデは決闘に手出し出来ず下から眺める、という位置関係が出来上がるのだ。心理的状況をも浮き彫りにするこの配置には、瞠目するしかなかった。演出に加え、吉田真さんによる極めて明解な字幕が果たした役割も忘れてはならない。

愛知祝祭管弦楽団の「ワルキューレ」は、熱狂の中に終演した。突然ではあるが、ここで目線を日本のワーグナー上演全体に向けてみたい。新国立劇場・びわ湖ホールが推進する「指環」ツィクルスを筆頭に、各所でワーグナー作品が取り上げられ、結果的に日本人歌手による上演全体の水準が上がっているように感じる。ここ愛知祝祭管でブリュンヒルデを歌った基村さんが来年びわ湖の「ワルキューレ」に登場するのもその例であろう。作品に熱く向き合うアマチュア・オーケストラ、それにあてられ渾身の歌を聴かせるプロ歌手、という愛知祝祭管の「指環」は、まさにここ愛知でしか聴けない一期一会の上演である。来年の「ジークフリート」では、どんな伝説を繰り広げてくれるだろうか。期待は尽きない。

文:平岡 拓也 Reported by Takuya Hiraoka
写真:飯田 耕治 Photos by Koji Iida


【公演データ】
愛知祝祭管弦楽団 2016-2019「ニーベルングの指環」四部作
第一夜 ワルキューレ

2017念6月11日(日)
愛知県芸術劇場コンサートホール

ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」
(全3幕/演奏会形式上演/ドイツ語上演/日本語字幕付)

演出構成:佐藤美晴

ジークムント:片寄純也(テノール)
ジークリンデ:清水華澄(メゾ・ソプラノ)
フンディング:長谷川顕(バス)
ヴォータン:青山貴(バリトン)
フリッカ:相可佐代子(メゾ・ソプラノ)
ブリュンヒルデ:基村昌代(ソプラノ)
ゲルヒルデ:大須賀園枝(ソプラノ)
ヘルムヴィーゲ:西畑佳澄(ソプラノ)
オルトリンデ:上井雅子(ソプラノ)
ヴァルトラウテ:船越亜弥(メゾ・ソプラノ)
ジークルーネ:森季子(メゾ・ソプラノ)
ロスヴァイセ:山際きみ佳(メゾ・ソプラノ)
シュヴェルトライデ:三輪陽子(メゾ・ソプラノ)
グリムゲルデ:加藤愛(メゾ・ソプラノ)

管弦楽:愛知祝祭管弦楽団
指揮:三澤洋史

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