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作曲家シベリウスの生涯を俯瞰する、オール・シベリウス・プログラム―――ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第125回

作曲家シベリウスの生涯を俯瞰する、オール・シベリウス・プログラム―――ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第125回

ミューザ川崎シンフォニーホールと東京交響楽団によるシリーズ「名曲全集」は、ホールの開館以来”名曲”の定義を毎回問い直し、その意味合いを拡大して開催されてきた。第125回は3月26日(日)に、作曲家シベリウスの生涯を俯瞰するプログラムで開催された。指揮は東京交響楽団の名誉客演指揮者の大友直人、ヴァイオリン協奏曲のソリストには「第6回 仙台国際音楽コンクール」で優勝したチャン・ユジンだ。今回のオール・シベリウス・プログラムは作曲された年代順に、交響詩「フィンランディア」(1899)、ヴァイオリン協奏曲(1903)、そして交響曲第七番(1924)の順に演奏された。

この会場で、大友直人の明晰なアプローチで、そして東京交響楽団の洗練されたアンサンブルで聴く「フィンランディア」はふだんイメージしているそれよりさらに素朴な音楽で、それ故に力強いものであることがよくわかる。そもそもは劇音楽として書かれながら、あまりの好評のため書き換えられて単独の作品として多く演奏されるようになった「フィンランディア」が、シベリウス初期の総決算であることを明示してみせたかっこうだ。

(C)藤本史昭
(C)藤本史昭

シベリウスの作品を年代順に並べた時に、なにより興味深いのはその作風の変遷だろう。続いて演奏されたヴァイオリン協奏曲は「フィンランディア」とはわずか4年ほどしか離れていないが、音楽は全く別のものになっている。自身ヴァイオリニストを志した作曲家ならではの、独奏を引き立てる繊細な配慮が随所で見つけられるあたり、作曲家の成熟を感じさせるものだ。特に終楽章での弦セクションの分奏は音響的にはもちろん視覚的にも驚きをもたらす、実に効果的なものだ。
その協奏曲でソリストとして登場したチャン・ユジンは、模糊とした弦楽の短い序奏を待てないかのように最初の数小節を鳴らしてすぐ、自分は特に低音域がよく鳴り、手堅い技能を持つ演奏者であることを示す。情熱的に歌いこむ様はかなりの迫力、特にもコブシの利いた歌い回しは年齢に見合わぬ堂々たるものだ。フィナーレのテクニカルな展開の中でも”歌”を忘れない彼女の演奏は、大友の目配りの利いたサポートによってスリリングだがどこか安心感のある演奏となった。
場内の大喝采に応えて披露したアンコールに、激しいリズムと歌が交錯するピアソラのタンゴ・エチュード第三番を持ってくるあたり、彼女は現在の自らの個性、特性を理解している。大きめのヴィブラートの多用や、高音域の安定感には若さゆえか若干の弱さも感じられたが、作品への明確なヴィジョン、そしてそのヴィジョンを音として表現しようという意欲はなかなかのものだ。たとえば協奏曲の第一楽章では終始厳しい表情を崩さずに音楽を運びながら、終わり際に一転して甘く歌い上げて二楽章へのつなぎとしたあたりは実に印象に残るものだった。今後さらなる成長をして、より一層の活躍が期待されるだろうチャン・ユジン、仙台のコンクールから世界に羽ばたいた彼女の名は覚えておきたい。

(C)藤本史昭
(C)藤本史昭

そしてコンサートの最後には、交響曲第七番が演奏された(第八番は完成されたが焼却された、とも言われている)。ここで有名な第二番や第五番を選ばないあたりが、「名曲全集」の一味違うシリーズたる所以である。
この作品の完成後シベリウスは30年以上生きるのだが、完成させた作品は非常に少なく、この交響曲は”作曲家シベリウス”としては最後期の作品の一つとなる。はじめ「交響的幻想曲」、つまり形式に囚われない自由な構成で書かれた管弦楽曲として発表された単一楽章の独特な作品には、時に交響曲第四番や「悲しきワルツ」を思わせる響きが登場する。シベリウスはこの作品を構想した時点では作曲をやめることなど考えなかっただろうけれど、この作品はやはり”集大成”だったのだろうか。聴くたびそんなことをつい考えさせられるこの交響曲は、明確な区分なく連続する作品で20分強の作品ながら密度が高く、実に独特なシベリウス独自の世界が展開する。演奏は容易ではないが、それは個々の奏者に高い技量を要求するからではない。指揮者の作品理解とオーケストラのアンサンブルだけが生きた表現をもたらす、そんな作品なのだ。
大友直人はこの作品でもそれぞれの場面を明晰に描き、音楽の造形を明確に示すことでこの作品の舞曲的な性格を強く示した(この作品の大部分は三拍子で書かれている)。それにしても、いつも明晰な演奏を求める大友直人が、楽譜に書かれてあるとおりに演奏するとぼかしたような響きが出来上がるシベリウスを多く取り上げるのはなかなか面白いところだ。
二管編成のオーケストラをソロにセクションにと自在に活かした作品で、東京交響楽団はこのシーズン洗練させ続けてきたサウンドを存分に披露した。もっともこの日は古典的にも感じられる、いわば強い線で音楽を鮮明に描き出した印象だが、この作品の幻想的な側面をもう少し強調した演奏も今の東響なら可能だったかもしれない。今後またシベリウスに取り組む機会があるならば、初期の「エン・サガ」や交響曲第三番、第四番なども聴いてみたいところだ。

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(C)藤本史昭

このコンサートで2016-2017シーズンの東京交響楽団の名曲全集も終了したが、一月の間もなく第126回が4月18日に開催される。名物シリーズは新シーズンもジョナサン・ノット監督をはじめ秋山和慶、飯森範親と東響の誇る指揮者陣に加え、内外の実力派指揮者たちがそれぞれに新旧の”名曲”による多様な選曲で私たちを楽しませてくれるだろう。すべての公演にソリストが登場して妙技・名歌唱を聴かせてくれるあたりでも定期演奏会とは一味違うこのシリーズの、次回は尾高忠明の指揮により<早世した天才作曲家たちの名作>として、モーツァルト、シューベルト、そして尾高尚忠の作品が演奏される。知る人ぞ知る名曲、尾高のフルート小協奏曲を、作曲者の子息の指揮で聴ける機会は貴重なものとなるだろう。
また新シーズンの初回からは、東京交響楽団の定期演奏会で実施されて好評の「当日学生券 1,000円」のサーヴィスも始まる。ミューザ川崎シンフォニーホールと東京交響楽団自慢のシリーズは、これまで以上に気軽に来場できるコンサートシリーズとしても注目したい。

取材・文:千葉さとし reported by Satoshi Chiba


ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団
名曲全集第125回
自然豊かなフィンランドが生んだ作曲家―オール・シベリウス・プログラム―

2017年3月26日(日)14時
ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:大友直人
ヴァイオリン:チャン・ユジン (第6回仙台国際音楽コンクール優勝)

曲目:
シベリウス:交響詩「フィンランディア」
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47
シベリウス:交響曲 第7番 ハ長調 作品105

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