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新国立劇場《イェヌーファ》公演レポート———遅咲きの「オペラ」作曲家、ヤナーチェクの野心作

イェヌーファ新国立劇場でヤナーチェクのオペラ《イェヌーファ》を観ました。素晴らしい作品を、とても良いプロダクションで堪能する事が出来ました!

ヤナーチェク(1854-1928)はチェコのモラヴィア地方出身の作曲家です。20世紀前半に活躍し、この《イェヌーファ》に加えて、《利口な女狐の物語》や《マクロプロスの秘事》《死者の家から》などが世界中の歌劇場で上演されています。ヤナーチェクはオペラ作曲家としては遅咲きでした。《イェヌーファ》は構想から10年近くをかけて作曲され(作曲を中断した時期もあった)、モラヴィア地方の中心都市ブルノで1904年に初演されました。そしてヤナーチェクの名前を広く知らしめた最初のオペラとなりました。

今回の上演は新制作で、ベルリン・ドイツ・オペラとの協力作品です。2012年にベルリンで初演されたプロダクションで、メイン・キャストも殆ど同じです。上演版は(ヤナーチェクのオリジナルを尊重した)ブルノ版を使用していました。

演出はドイツ人のクリストフ・ロイ。舞台は周りを黒く覆った中に箱のような白い部屋があり、その部屋が劇の進行に従って横に伸び縮みします。舞台奥には田園風景に電柱が見え電線が走っています。主人公のイェヌーファは真っ赤なワンピースに同じ色のハイヒール。男たちはスーツなどを着ています。つまりチェコのモラヴィア地方の19世紀のお話、という民族的な要素を出来るだけ排除して、現代の私達が共感しやすくしているのです。

イェヌーファは水車小屋の息子シュテヴァの子を秘かに妊娠しており、彼が兵役免除になったので結婚してもらえるかと望みをかけています。しかし、彼女に横恋慕しているシュテヴァの異父兄ラツァに頬を切られてしまいます。美貌を損なわれ結婚もかなわず、義理の母に命令されて身を隠したイェヌーファは隠れて赤子を産み落とします…

あらすじだけを読むとかなりひどい話で、特に女性の顔を傷つけるラツァには嫌悪感を抱いてしまいますが、実は話はそれほど単純ではなく、本当に他者を愛する事が出来るのは誰かが、話が進むに従って試されていきます。イェヌーファの義母のコステルニチカは義理の娘を愛しているつもりだったのに、実は自分の「恥」を何よりも恐れていた。そのために生まれた赤子を殺すという極限の行動に走ってしまいます。でもこのオペラの凄い所は、その事実に気がつくのが彼女自身だ、というところです。

ロイの演出は台本に描かれている近親の間での愛憎、依存などの関係を的確に捉え、分かりやすく見せてくれました。オペラの幕が開くと白いがらんとした部屋にコステルニチカが導かれてきます。そこは取調室で、彼女はこれから自分の犯した罪を供述せねばならないのですが、その部屋からいつのまにかフラッシュバックしたかのように物語が始まります。

歌手達は皆、声も演技も充実していました。イェヌーファ役のミヒャエラ・カウネは容姿も美しく、澄んだ叙情的な声でヒロイン役にぴったりでした。コステルニチカのジェニファー・ラーモアは独善的な義母を見事に描く歌と演技。特に第二幕で、頼みの綱のラツァがシュテヴァとの赤ん坊の事を知って動揺するのを見てとっさに赤子殺しを決意する場面や、罪を犯した後の第二幕の幕切れの表現は恐ろしかったです。ブリヤ家の女主人(おばあちゃん)役のハンナ・シュヴァルツは往年の名歌手で(もう70代ですが現役。今回、新国立劇場の次の演目《サロメ》の来日不可能になった歌手の代役を急遽引き受け、ヘロディアス役を《イェヌーファ》と日替わりで歌いました。素晴らしかったです!)深みのある迫力の声。スラリとした容姿できちっとスーツを着こなし存在感がありました。

男性二人は異父兄弟でライバルという設定で、両方ともテノールの役です。ラツァのヴィル・ハルトマンは《ワルキューレ》ジークムントや《ピーター・グライムズ》のタイトルロールなども歌うという強くて輝きのある声が良かったです。誠実な雰囲気も役に合っていました。色男のシュテヴァにはジャンルカ・ザンピエーリ。暖かい音色の声のテノールでした。

日本人キャストも良かったです。チェコ語の良し悪しは私にはわかりかねますが観客としてまったく違和感無く聴く事が出来ました。粉屋の親方の萩原潤は体格も声も外国人歌手に引けを取らないスケール。羊飼いの女の鵜木絵里も良く通る声で歌も演技も秀逸でした。村長の志村文彦、村長夫人の与田朝子、カロルカの針生美智子、バレナの小泉詠子、ヤノの吉原圭子も好演。新国立劇場合唱団も立派な歌でした。

ヤナーチェクのオペラ、特に《イェヌーファ》は言葉の抑揚を歌に写し取る「発話旋律」の理論にもとづいています。内容を強調するための歌の反復が特徴的で、歌とオーケストラが同じ音型をやり取りすることもあります。シロフォン(木琴)の音色が印象的な冒頭部分に始まり、スラヴ的なヴァイオリン・ソロ、色彩豊かな管楽器、ドラマチックな金管、激しい打楽器など、ヤナーチェクのオーケストラの表現は実に多彩です。トマーシュ・ハヌス指揮による東京交響楽団の演奏は、この音楽を大胆に表現して公演の成功に多大な貢献をしていました。幕が開いた後の長い沈黙は、ドラマの進行に従って何度も繰り返され、その『間』も音楽の一部として印象に残りました。

素晴らしい公演でヤナーチェクのオペラを観る事が出来て良かったです。お客さんの反応も熱狂的で、この演目への関心の高さを感じました。チェコの作曲家としてはドヴォルザークの《ルサルカ》を2011年に上演していますが、新国立劇場でヤナーチェクのオペラを上演するのは今回が初めてだそうです。今後、ヤナーチェクの他の作品も上演されるよう願っています。
(所見:3月2日、8日)

文・井内美香 reported by Mika Inouchi

《イェヌーファ》新制作
新国立劇場 オペラパレス
全3幕/字幕付原語(チェコ語)上演
原作:ガブリエラ・ブライソヴァー
台本・作曲:レオシュ・ヤナーチェク

指揮:トマーシュ・ハヌス
演出:クリストフ・ロイ

美術:ディルク・ベッカー
衣裳:ユディット・ヴァイラオホ
照明:ベルント・プルクラベク
振付:トーマス・ヴィルヘルム

キャスト:
ブリヤ家の女主人:ハンナ・シュヴァルツ
ラツァ・クレメニュ:ヴィル・ハルトマン
シュテヴァ・ブリヤ:ジャンルカ・ザンピエーリ
コステルニチカ:ジェニファー・ラーモア
イェヌーファ:ミヒャエラ・カウネ
粉家の親方:萩原潤
村長:志村文彦
村長夫人:与田朝子
カロルカ:針生美智子
羊飼いの女:鵜木絵里
バレナ:小泉詠子
ヤノ:吉原圭子

演出補:エヴァ=マリア・アベライン

合唱指揮:冨平恭平

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団

字幕:増田恵子

芸術監督:飯守泰次郎

2016年2月28日(日)14:00
2016年3月2日(水)18:30
2016年3月5日(土)14:00
2016年3月8日(火)18:30
2016年3月11日(金)14:00

主催/制作:新国立劇場
(ベルリン・ドイツ・オペラの協力により上演)

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