オペラ・エクスプレス

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鷲尾麻衣デビューアルバム「マイ・ワールド ―Mai World―」―――「優しさ」をテーマに、疲れている時の癒しになるような、そんなアルバムになればという願いで作りました

鷲尾麻衣デビューアルバム「マイ・ワールド ―Mai World―」―――「優しさ」をテーマに、疲れている時の癒しになるような、そんなアルバムになればという願いで作りました

オペラ、ミュージカル、オーケストラコンサートなど、多方面でご活躍の鷲尾麻衣さんのデビューアルバムが、オクタヴィアレコードから発売されました。

アルバムについてのこと、そして、鷲尾さんが歌手の道を志したきっかけや今後のご予定までを伺ったインタビューです。


Q:この度はファーストアルバムの発表おめでとうございます。「Mai World」と、タイトルに鷲尾さんのお名前が入っているのがチャーミングですね。親しみやすい選曲もとてもいいと思いました。鷲尾さんならオペラのアリア、それもコロラトゥーラの曲などが中心だと思っていたら、かなり優しいというか、雰囲気のあるアルバムになっています。

A:ありがとうございます。今回アルバムを作るにあたりコンセプトに置いたのが「自然」や「優しさ」などでした。クラシック音楽というと敷居が高い、と感じてしまう人にも気軽に聴いてもらえるようにしたいと考えたからです。私は普段、オペラを歌うことが多く、昨年も10本ほどオペラに出演させていただきましたが、今回のこのアルバムに入っているオペラの曲は二つだけです。まずは優しさをテーマに、朝起きた時でも、寝る前でも、いつでも聴いてもらえるように、朝食をとりながらや、お茶を飲みながらでも。私の周りには子供を持った若い世代の友人知人がいますが、彼女たちが育児に疲れている時などに癒しになるような、そんなアルバムになれば、という願いで作りました。

Q:鷲尾さんはどのようにして歌手の道を志したんですか?

A:音楽を志したのは高校二年生の時でした。通っていた高校は進学校で、自分では勉強も頑張っていたんですが、友達と比べると模試ではそれほど良い結果が出なくて。自分が得意なものは何だろう、と考えたら体育大学か音楽大学かな、となったんです(笑)。そうしたらある日、音楽の先生から放課後に呼び出され「あなた声がいいから音楽大学はどう?」と言われて。

Q:先生は鷲尾さんの声を聴いて「これは!」と思ったんでしょうか?

A:後になって先生に伺ったんです。先生のお話によると、音楽の授業でイタリア古典歌曲の「カーロ・ミオ・ベン」を取りあげた時に、一人一人、ワン・フレーズずつ歌わせていったら、私の番になった時に、「私の歌を聴いて!」という目で歌ったそうなんです(笑)。キラキラした目で。私自身は別に何も意識せずに普通に歌っただけなんですが、先生は思わずドキッとされたそうです。先生のお言葉がきっかけとなり音楽大学を目指しました。私の人生を変えてくれた方なので、先生には本当に感謝しています。

Q:鷲尾さんは東京藝大を卒業されてすぐに新国立劇場オペラ研修所に入られました。その後は文化庁派遣芸術家としてニューヨーク、その後もロンドンに留学されています。声楽を学ぶ方はドイツ歌曲やドイツ語のオペラのためにドイツ語圏へ、もしくはイタリア・オペラ中心の方はイタリアに留学することが多いと思うのですが、鷲尾さんが英語圏に留学された理由は何かあるのでしょうか?

A:ニューヨークに行く前、私の最初の留学先はイタリアでした。今でもその時に師事したイタリア人の先生に発声を見て頂いています。文化庁の行き先をニューヨークに決めたのは、新国立劇場オペラ研修所のおかげが大きいです。研修所は当時、サンフランシスコ・オペラの研修所のプログラムを採用していました。毎月のように世界のトップ・クラスの講師陣が教えに来ていて、アメリカからの先生が中心だったのもあってアメリカが身近だったんです。ニューヨークに行ったのも、先生方から、オペラの一流のエージェントはNYに集まる、と教えていただいたこと、それに加えてイタリアやドイツなどヨーロッパに比べるとアメリカはクラシック音楽に関しては新しい国で、そういう意味でも日本に近い。そして教育プログラムがしっかりしているので、アメリカに留学する事にとても魅力を感じました。留学中は毎日がレッスン漬けの、本当に密度の濃い期間だったと思います。
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Q:鷲尾さんの柔軟な考え方がよく出ていますね。アルバムの話に入りますが、バッハ/グノーとルッツィの二曲ある「アヴェ・マリア」だけでなく、アルバムの中に祈りが感じられる曲がかなりあるように思いました。宗教心というお気持ちで歌われたということはありますか?

A:私自身は無宗教なんですが、学校がカトリック系だったのでやはり小さい頃から祈ることが習慣になっていて、自然とそういう気持ちになることはあるかもしれません。アルバム全体も、何かを訴えるというか、そういう祈りの気持ちが宿っていたのかな、と思います

Q:「アヴェ・マリア」の次にサティが二曲入っていて両方とも素晴らしいです。「エンパイア劇場のプリマドンナ」という曲、面白いですね。

A:今回は聴きやすさをテーマにしたので、この二曲もカフェ・コンセールでサティの音楽が聴こえて来る、というような、カフェ・ミュージック的な意味で選びました。二曲目の「エンパイア劇場のプリマドンナ」は、ロンドン留学時に住んでいたピカデリーサーカスが舞台になっていて、フランスとイギリスの、近いからこそのライバル心が感じられるというか、イギリス紳士を皮肉っているコケティッシュな曲です。

Q:アーンの「クロリスに」は懐かしいような旋律です。バロック音楽を使っているからという理由もあると思いますが、素敵ですね。

A:これは愛をテーマにした曲で、祈りとも関係あるのかなと思います。愛と祈りは近いものがあるような気がするんです。

Q:そしてルッツィのちょっと珍しい「アヴェ・マリア」が続きます。この曲は藝大の受験の時に歌って、それ以来封印していたのを今回歌ったそうですが、その頃と比べるときっと声がとても芳醇な感じになっているのではないでしょうか。ワインで言うフルボディというか、中身がしっかりしている声という感じがしたんです。

A:そう言っていただくのは嬉しいです。イタリア人の発声の先生は、支えを使ってホール全体に響く声を、とおっしゃるのですが、それだけだと声が重くなるので、アメリカやイギリスの先生が言う、声を回して、空気を揺らして歌う、という教えも取り入れています。もっとも収録の時には発声よりも感情表現の方に集中して歌いましたが。

Q:その後には、聴きやすい日本語の曲がいくつか入っています。その中で、このアルバムの核ともいえる何曲かを作曲している穴見めぐみさんはピアノも担当していますが、この方の曲がとてもいいですね。金子みすゞの詩と相まって素晴らしいと思いました。特に「蛙」という曲は特徴があって、出だしの「にくまれっこ」の音色も、前の曲とがらりと違いますね。

鷲尾麻衣デビューアルバム「マイ・ワールド ―Mai World―」―――「優しさ」をテーマに、疲れている時の癒しになるような、そんなアルバムになればという願いで作りましたA:穴見さんは藝大の同級生なんです。彼女は作曲科でしたが、当時から歌科の伴奏をよくしていました。でも学部時代には共演したことが無く、卒業してから一緒に演奏をするようになったのです。金子みすゞの故郷で、穴見さん自身の故郷でもある山口で年に一度コンサートを開くのですが、その時に金子みすゞの曲を取りあげることがあります。ファーストアルバムの話を頂いた時にまず最初に、穴見さんの曲を入れたい、と思いました。「星とたんぽぽ」と「蛙」を比べても、同じ作曲家が作ったのかしら、と思うくらい曲調が違いますよね。

Q:三曲目の「夜ふけの空」も幻想的な光景が目に浮かぶようです。穴見さんは他にどのような活動をされているんですか?

A:若手で注目の作曲家です。最近公開された「八重子のハミング」というアルツハイマーをテーマにした映画でも彼女が音楽を担当しています。

Q:穴見さんが作曲した曲だけでなく、全体的にピアノ演奏の音色に華があって好きでした。「翼をください」のアレンジも驚きました。間奏がキラキラしていて、感覚がブリリアントですごいですね。

A:彼女とはやはり長年の経験もあり、お互い好きな傾向が良く分かっているんです。私はピアノがそれほど弾けませんので、この曲に関しては「宇宙に羽ばたく感じで」とお願いして(笑)、彼女がこんな風に実現してくれました。そういうこともあり、このアルバムは私一人ではなくて彼女と作り上げていった、という気持ちが強いです

Q:オペラから選んだ二曲はどのような理由で選びましたか?ドニゼッティの歌劇「リタ」のアリアが入っていますね。

A:この曲は私が節目節目にオーディションなどで歌っていた曲で、いかにもオペラ・アリア風よりは、ちょっとお芝居の面白い曲を入れてみたものです。

Q:実はかなり技巧的な曲でもありますね。高音もきれいに響いています。

A:ありがとうございます。やはりオペラを中心として活動しているので、そのスタイルを崩さないで歌いたかったのですが、自分らしくいけたかな、と思っています。最後のカデンツァの部分は自分なりに工夫したものを使っています。

Q:そして「乾杯の歌」は秋川雅史さんとの二重唱です。普段からコンサート等で共演されているんですね?

A:初めて共演させて頂いたのは去年です。秋川さんのコンサートに時々ゲストに呼んでいただいています。秋川さんはお人柄も素晴らしいですし、私もオペラの活動をしていきながら、オペラを聴いた事が無い方やクラシックはなんだか難しそう、という方にも聴いて頂きたい、と思っていますので、秋川さんから多くを学ぶ事が出来て嬉しく思っています。後で聞いた事なのですが、秋川さんはこれまでCD録音も多くされていますが、オペラを収録したのは初めてだったそうで、この一曲のために一ヶ月ほど食事も節制してストイックに準備して下さったそうなんです。

Q:さすが、プロならではの真摯な姿勢がすばらしいですね。最後の曲は「糸」です。中島みゆきの作詞作曲で、この曲が鷲尾さんの一番言いたかったことなのかな、と思うくらい良かったです。

A:そうですね。私はやはり人と人とのつながり、絆に支えられて音楽を続けていられるので、その気持ちで、この曲を最後に持ってきました。中島みゆきのオペラ・バージョンですね(笑)

Q:オペラを知らない方でもこういう曲だったら絶対喜ばれると思います。でも一見シンプルなものほど、いい状態で歌うのはすごく難しいことのように思うんです。鷲尾さんの歌は日本語がきれいに聴き取れて、それも嬉しかったです。

A:ありがとうございます。イタリア語やフランス語の歌は息の流れを意識して発声が指針になっているのですが、日本語の歌は特に歌詞が分からないと聴いている人がストレスになると思って、言葉を紡ぎだすように、語るように、ということを意識しました。「糸」も「翼をください」もあえて楽譜を置かずに歌詞カードを置いて、言葉に音楽がついてくるんだ、ということを意識して歌ったんです。

Q:その他に、録音のエピソード等はありますか?

鷲尾麻衣デビューアルバム「マイ・ワールド ―Mai World―」―――「優しさ」をテーマに、疲れている時の癒しになるような、そんなアルバムになればという願いで作りましたA:そうですね…実は今回、録音した時に第二子を妊娠していたんです。自分ではまだ気がついていなかったんですが。そのせいで身体の具合が悪く、物が食べられない状態でした。でもここで頑張らねば!とゼリー飲料などを摂って必死に乗り切ったんです。そういう意味では大変だったのですが、お腹に命が宿った状態でこのようなレパートリーを歌う、というのはきっと私の人生でも一度だけのことだと思いますし、大きな何かが宿っていたように感じています。

Q:もしかして赤ちゃんと一緒に歌っていたのかもしれませんね!そのせいでしょうか、声の状態は輝かしいと思いました。ご出産後、舞台に復帰されてからのオペラの予定はありますか?

A:来年2月に、ビゼー「真珠とり」のレイラをやらせていただくことになりました。池袋の芸術劇場で、これまで「ドン・カルロス」「サムソンとデリラ」を上演したシリーズです。私は大学生の頃メゾ・ソプラノだったからなのか、オペラで主役以外のポジションが好き、という気質があったのですが(笑)、そろそろ年齢的にも主役に取り組まなければということで来年、初主演になります。

Q:それは楽しみです!鷲尾さんにはフランス・オペラもとてもよく合いそうです。このアルバムのような愛に満ちた歌を届け、そしてオペラの舞台でもますますご活躍されるようお祈りしています。

インタビュー・文:井内美香  / photo: Naoko Nagasawa

鷲尾麻衣鷲尾麻衣(ソプラノ)
神奈川県出身。私立田園調布雙葉学園を経て、東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。新国立劇場オペラ研修所第7期生修了。
文化庁派遣芸術家在外研修員としてニューヨーク、ロームミュージックファンデーション特別研究生としてロンドンに留学。第26回飯塚新人音楽コンクール第1位受賞。セント・アンドリューズ国際コンクール優勝(カナダ)、第7回東京音楽コンクール第2位受賞等国内外での受賞多数。
◇ ソプラノ 鷲尾 麻衣 オフィシャル・ウェブサイト / Soprano Mai WASHIO Official website ◇より一部転載

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