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ますます深みを増す「わ」の会がおくる「神々の黄昏」―「わ」の会コンサートvol.4 レポート

ますます深みを増す「わ」の会がおくる「神々の黄昏」―「わ」の会コンサートvol.4 レポート

8月24日、北とぴあのつつじホールにて行われた「わ」の会の第4回公演を聴いた。本公演のリハーサル取材の模様はこちら
複数作品の名場面の抜粋から、昨年の「1幕丸ごと」(『トリスタンとイゾルデ』第2幕)と来て、今回はいよいよ約2時間の公演を単一作品で構成することになった。長大な作品ゆえ第2幕は演奏されないが、作品の起承転結をコンパクトにまとめた形だ。今はタンホイザー、次はトリスタン・・・といった役柄の切り替えは必要なくなるため、歌い手が自らの役に没頭できるというメリットもあっただろう。

写真左から、片寄純也さん(ジークフリート)、大塚博章さん(ハーゲン)、友清祟さん(グンター)

舞台に指揮の城谷正博さんとピアノの木下志寿子さんが現れ、第1幕冒頭の峻厳な和音を鳴らす。ピアノはやがて「ブリュンヒルデの愛の動機」を繰り返しながら昂まり、日の出とともにジークフリート(片寄純也さん)とブリュンヒルデ(池田香織さん)がやってくる。そうして繰り広げられる愛の二重唱—「黄昏」の中で唯一、幸せに溢れた瞬間だ。長くは続かぬ2人の愛を確かめ合うかのように高揚し、「たっしゃで!たっしゃで!」とブリュンヒルデが勇士を見送り第1幕へと雪崩れ込む。この二重唱、池田さん演じるブリュンヒルデは人間らしい感情の振幅を声で体現しているのだが、斃れたジークフリートを前にした第3幕では明らかに声の作り方が異なった。混乱するギービフングの面々を前に歩み出るブリュンヒルデ—その威厳ある声からは、彼女が神性を取り戻し、英雄とともに炎へ飛び込む決意を固めたことが充分に伝わったのだ。同一人物内ですらこのような繊細な描き分けが成されるとは!ジークフリートの片寄さんも、国内随一のヘルデンテノールとして今や押しも押されもせぬ見事な歌唱を見せつけた。ハーゲンの刃に掛かる直前、高音域による伸びやかな小鳥の歌の再現が素晴らしい。昨年の「トリスタン」第2幕に続き、池田さんとの抜群の相性も健在だ。

池田香織さん(ブリュンヒルデ)

ギービフング家のハーゲン(大塚博章さん)、グンター(友清崇さん)は、ともに悪役としての役割の中にも複雑な心情を炙り出す。この異父弟間の心理的な駆け引きが、物語に一層の深みを与えるのだ。そして、第1幕第2場のハーゲンの見せ場―見張りをしながら自らの謀略を明かす語り―は渾身の力で歌われ、演奏会前半を重厚に締め括った。英雄が心奪われるグートルーネ(小林厚子さん)の清廉な歌も美しい。第3幕で泣き崩れる演技も含め、イタリア・オペラで活躍する小林さんならではの繊細さが表出されていると感じた。ギービフング家の家臣の4人は、堅実な合唱は勿論、随所で演劇的なサポートも果たした。「指環」最後の言葉である「指環に触れるな!」(„Zurück vom Ring!“)をハーゲンが絶叫する幕切れでは、歌こそないものの3人のラインの乙女が現れる芸の細かさも「わ」の会らしい。そのまま彼は濁流に呑まれ、舞台から消えてしまうのだ。
そして、「わ」の会の大黒柱である城谷さんの的確にして熱い指揮の素晴らしさ!長大な楽曲を完全暗譜で振り、常に歌手陣を支える鉄壁の手腕。管弦楽単独でも演奏される「ラインの旅」「葬送行進曲」ではピアノへ向かい、木下さんとともに凄絶な音響(特に後者!)を生む。木下さん単独でも雄弁なのだが、4手になるとワーグナーの豊饒な管弦楽法の細部まで見透せるような精緻さが付加されることに驚いた。

一つだけ難点を言えば、演出の采配であろうか。最小限の照明・衣装・小道具などにより進行を表現していたのは理解できるが、ジークフリートの狩の獲物、食事の内容まで詳細に描かれすぎた感がある。「あくまで主体は音楽」ということを考えれば、(昨年のように)より単純化した演出でも良かったのではなかろうか。劇中のある一部分だけ写実的に見せてしまうと、全体の造り込みの密度と乖離してしまう―もっとも、この折衝は難しいのだが。そして、吉田真さん(慶應大)の字幕は今回も聴衆の理解を深めてくれた。しかし幕切れ、吉田さんがヴォータンに扮して現われ、英雄によって折られたトネリコの槍をも薪にくべたのには驚いた!「わ」の会には珍しい、積極的な「解釈」であろうか。

「神々の黄昏」は「指環」4部作を締め括る大作の抜粋とあって、これまでにも増して「総力戦」の緊迫感が舞台上を包んだ。幕切れの自己犠牲は遅めのテンポで開始され、城谷さんの指揮、木下さんのピアノ、そして池田さんの絶唱が三位一体となった。前3作に現れた幾多のライトモティーフは精妙なテクスチュアとして提示され、世界が炎に包まれていった―これは、類稀な公演であった。日本人歌手、外国人歌手といった見方はもはや意味が無い。これほど音楽的に真摯なワーグナーを聴けた事に只々感謝するのみである。
「わ」の会の進化は止まらない!

文:平岡 拓也 Reported by Takuya Hiraoka
写真:平井 洋 Photos by Yo Hirai


「わ」の会コンサート vol.4 “Erlösung” 〜救済〜
2017年8月24日(金)
北とぴあ つつじホール

ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」序幕より
ジークフリートとブリュンヒルデの二重唱
第1幕より第1場、第2場
第3幕より 第2場、第3場

ブリュンヒルデ:池田香織(メゾ・ソプラノ)
ジークフリート:片寄純也(テノール)
ハーゲン:大塚博章(バス)
グンター:友清崇(バリトン)
グートルーネ:小林厚子(ソプラノ)
合唱:宮之原良平、寺西一真、櫻井航、松澤佑海
ラインの乙女:玉崎真弓、菅原光希子、木崎真紀子
ステージング:澤田康子
字幕・ヴォータン:吉田真
指揮:城谷正博
ピアノ:木下志寿子

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