先日千穐楽を迎えた歌舞伎座の『源氏物語』に闇の精霊役で出演していたアンソニー・ロス・コスタンゾ氏。
3回目の『源氏』への出演を果たした氏は、世界の歌劇場で活躍する有数のカウンターテナー歌手であり、幅広いコラボレーションを行うことでも知られている。
最近ヘンデルとフィリップ・グラスのアリアによるデビューCDを発売し、メトロポリタン・オペラ(通称MET=メト)では、歌手としての出演に加え、METライブビューイングの案内役としても活躍中。今まさに旬のカウンターテナーである氏に話を聞いた。
歌舞伎とオペラ
―――オペラ歌手として『源氏物語』に出演を重ねていって感じるところがあれば教えてください。
そもそも、西洋のアーティストがこれまでステージに立っていない、伝統的な芸術に出演できたことは非常に光栄だと思っています。初出演から約5年が過ぎ、回を重ねるごとにその伝統が何かを少しずつ深く理解できるようになってきたと感じます。西洋と東洋の芸術様式を合体させることがどんなことなのか、その意味がわかってきたと思います。
市川海老蔵さんをはじめ、他の俳優さん、能楽師の皆様、囃方の皆様といった様々な役割の方々に大いに触発されています。出演が終わってオペラの舞台に戻っても、ここから得たものを歌手の活動に活かしていると思うことがあります。文化交流の醍醐味を感じる瞬間ですね。
―――歌舞伎とオペラ、何が違うと思いますか?
確かによく共通点は聞かれますが、違いはあまり聞かれませんね。表現の様式は違いますが、表現しようとするものは同じととらえています。例えば歌舞伎は所作に意味があるけれどオペラにはないし、オペラはずっと歌っているけれど歌舞伎はそうではないし、そもそも使っている音階も違うので、表現の様式は大きく異なります。
しかし極端な表現や激しさは似ています。例えば、歌舞伎俳優も見栄を切るときなどにものすごく大きな声を出しますよね。私もよく聞かれるので、俳優さんに「のどを痛めませんか?」と聞いてみたんです。そうしたら「腹で支えているから傷めないですよ。」とおっしゃる。オペラと全く一緒だねという話で盛り上がりました。
コラボレーションの妙味
―――よくオペラ以外の他の芸術分野とコラボレーションされていらっしゃいますが、コラボレーションの際に気をつけている事はありますか?
私はコラボレーションは伝統的な芸術がより輝く方法だと思っています。別々の歴史のある伝統を賢く、お互いを壊さずに融合させることができれば新しいものを作れるし、伝統を生まれ変わらせることができるのです。そのためには、コラボレーションするもの同士がそれぞれ本物であることがまず重要です。そして、お互いを壊さないようにしながらも、オープン・マインドであることも大事です。
私はオペラ歌手ですからオペラと何かをコラボレーションすることになります。例えばシェフとのコラボレーションでは、料理の彩りに着目して、オペラ的な色と融合を図りました。また、ダンスとのコラボレーションであれば私自身の体の使い方をオペラ的なものから一歩先に進めて新しい使い方をしてみるといった具合でした。伝統を壊さないように誠意を持って接しつつも、二つのものを融合させることが重要だと思っています。
―――このコラボレーションはオペラ向きだなと思うものには、どのような特徴がありますか?
私は常に新しいコラボレーションをしています。今度出した新アルバムでもカルバン・クラインのラフ・シモンズ氏とコラボしていますし、今も振付のジャスティン・ペック氏との作業を進めています。どれは向いている、向いていないと決めることなく、オープンでいたいと思っています。というのもオペラは総合芸術なので、何とでもコラボレーションできる最高の芸術様式だ思っているからです。
オペラはそもそも1600年代におきたドラマと音楽のコラボレーションに端を発しています。さらに、衣装によって、ファッションと関係が生まれ、セットによって美術やデザインとも関係が生まれました。それに踊りもそうです。バレエはオペラから生まれたわけです。このように、オペラは常に新しいコラボレーションで進化してきていますので、もっと新しいものとの融合も可能だと思っています。プロジェクションマッピングをはじめとする様々なテクノロジーとのコラボレーションももちろんのことです。オペラは、衰退していると言われています。でも私は、実はオペラは新しいコラボレーションで再生しているのだと感じているのです。
――歌舞伎とのコラボレーションはどのように作って行きましたか?
歌舞伎はセリフ回しが日によって異なり、お囃子、つまり音楽がリズムも何もかもセリフに合わせるんですが、オペラはリズムは最初から決まっています。ですので、海老蔵さんとやる場合はお互いに歩み寄っていく必要がありました。場合によって私が海老蔵さんに合わせることもあります。それに、だんだん海老蔵さんも音楽を覚えてくださって音楽に合わせてテンポを取ってくださるようにもなりました。
また、具体的な話としては、『源氏物語』初演の夕顔が亡くなるシーンのことが印象的です。私は当初そこで「Flow my Tears」という曲を歌うべきだと主張したのですが、海老蔵さんは「それは違う」と仰ったのです。その代わりに、私が残された夕顔の衣を手に取って、目頭を押さえて涙をぬぐい、ただ花道のほうに行くことにしようと言われました。所作ができるか不安でしたが、実際やってみると、確かに歌うよりそのほうが良かったのです。また、個人的にも、その演技をすることは、俳優の皆様が人生をかけて作っている芸術の中にちょっと受け入れてもらえて、伝統芸能の一部になれた気がしてうれしかったですね。
歌舞伎座について
―――歌舞伎座という劇場はどうでしょう?歌いやすいですか?
素晴らしい劇場だと思っています。客席が近くみんな顔も見えますし、響きも良いのでどんなに小さな音もきちんと届きますし。よく3階のバルコニー席に制服を着た学生さんが来ているのがみえます。きっと、彼らはオペラを聞いたことがないかもしれませんが、その人たちも共感してくれているのを感じられます。
そうそう、ステージ後にお客様と交流しますとオペラを聞いたことがないという方がたくさんいらっしゃいます。そういう方達に西洋の伝統的なクラシック音楽をお伝えする重要性を感じながら演じていました。歌舞伎座は、見た目は本当に日本的ですが、劇場そのものの作りは回り舞台があったり、バックステージがとても広かったりとメトロポリタン歌劇場にもとても似ていて、とても面白いと思っています。
歌舞伎公演の終了後、サイン会が開催される日も。
METライブビューイングの案内役として
――メトロポリタン・オペラと言えば、今回、METライブビューイングのインタビューの案内役に挑戦されていますが、いかがでしたでしょうか?
案内役は好きですね。というのは私は人と話すのが大好きだからです。私は歌手ですから、ステージから降りてきたときの歌手の精神状態もよくわかりますし。案内役はうまくしゃべることが仕事ではなくて、インタビューする歌手の方のいちばん良いところを引き出すのが仕事だと思っています。
インタビューはもちろん台本はありますが、できるだけ自然な会話をすることが重要だと思います。自然な感じでインタビューしながらも、時間の制約など他にも考えるべきことは山のようにありますので、マルチ・タスクが得意でないとできないですね。インタビューして繋がっているのはステージ上の歌手と私だけでなくて、スクリーンの向うの人ともだと思うんです。私はオペラが大好きなので、その情熱がスクリーンの向う側にも伝わるといいなと思っています。
―――先日インタビューされた《ルイザ・ミラー》の案内役で何か面白かったエピソードはありますか?
大好きな話があります。私のインスタグラムにもその動画をあげているんですよ。
ルイザ・ミラーはご存知の通り強い女性です。それで私はルイザ・ミラー役のソニア・ヨンチェヴァに「ルイザ・ミラーと普段のソニアに似ているところはある?」と聞いたんですね。そしたら「そう、私も彼女と同じように強い女性だと思うわ。だけど、たまに、少女になりたいと思うときもあるわ。」と言ったんですね。それに私は「私もある!」と言って。舞台裏の技術スタッフまで大笑いしていたそうです。個性が思わず出てしまう…無理してじゃなくて…そういう自然なハプニングが最高ですね。
ソニアはそのあとずっと笑いが止まらなくって、次の質問でもまだ笑っていました。舞台が終わった後にも「本当にあれはおもしろかったわ。」ってわざわざ言いにくるくらい。私も多いに笑いましたし、そういう瞬間があることが素晴らしいなと思っています。
2018年8月9日(木),10日(金)18:30
9月6日(木),7日(金)11:00
10月2日(火)10:30
METライブビューイングアンコール上映2018の詳細
バロック、現代音楽、そしてカウンターテナー
―――今回お出しになったCDについて教えていただけますか。
よくぞ聞いてくれました!これは、今の私を表現できた素晴らしいアルバムだと思います。キーワードはコラボレーションですね。私はカウンターテナーなのでレパートリーの中心はバロック音楽と現代音楽です。両方ともクラシックの中でも、最も誰も興味のない分野なんですけども、この二つの分野がコラボレーションすることで素晴らしい世界が表現できたと思っています。
フィリップ・グラスの曲にはリンダ・ロンシュタットも歌ったポップ・ミュージックにとても近いものもあるのですが、実はバロック音楽の作曲家であるヘンデルは彼の時代においてポップ・ミュージックの作曲家であったのだと思います。
歌の中で表現される様々な感情は、三百年の時を経ても共通であることを、私という人間の声で見つけていただければ、この二つの時代に架け橋が渡せたことになるだろうと思っています。ぜひ、みなさんに手にとっていただきたいですね。
―――現代音楽とバロック音楽の魅力、カウンターテナーという声の魅力をぜひ教えてください。
バロック音楽の代表的作曲家であるヘンデルの音楽はミニマリズムみたいなものだと思っています。彼は歌詞や音楽の型を繰り返すという手法でミニマリズムを達成した。そして三百年後に数学的な方程式に合わせて同じくミニマリズムを実現しようとしたのがグラスでしょう。この二人に共通して言えることは、人間の感情を一皮ずつ剥いて迫っていくことで、人間の深みがあらわになる作業をしていることだと思います。
カウンターテナーの声もそうです。ちなみに、私たちの声は珍しいと言われますが、裏声ですから誰だって男の人が出せる声なのです。歌舞伎の女方も、マイケル・ジャクソンも使っている声ですよ。
実は、私はカウンターテナーの声はミニマリズムに非常に近いと思っています。というのも、テクニック的に本当に声帯の際を合わせて出す綱渡りのような繊細な声だからです。きっとそういう声だからこそ、精神世界だったり子供の世界だったり、人間の美徳と言ったようなものの感情表現に適しているのではないかと考えています。
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執筆:武井涼子 写真:長澤直子
カウンターテナーのアンソニー・ロス・コスタンゾは11歳でプロとしてパフォーマンスを始め、以来オペラ、コンサート、リサイタル、映画、ブロードウェイなど、数々の舞台を踏んできた。
2017年の夏、コスタンゾはデッカ・ゴールドの専属レコーディング・アーティストとなり、レ・ヴィオロン・デュ・ロワと共にヘンデルとフィリップ・グラスのアリアを集めたアルバムを2018年秋にリリースする(国内盤は2018年7月4日発売)。ユニバーサル ミュージック アーティストページより
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