オペラ・エクスプレス

The opera of today from Tokyo, the hottest opera city in the world

雄弁な“沈黙”、舞台に出現― 神奈川県立音楽堂 ボーダーレス室内オペラ「サイレンス」

雄弁な“沈黙”、舞台に出現― 神奈川県立音楽堂 ボーダーレス室内オペラ「サイレンス」

「ゴーストライター」「英国王のスピーチ」「シェイプオブウォーター」など数々の映画音楽を手がけ、名だたる映画祭でも受賞多数の作曲家、アレクサンドル・デスプラと、公私ともにパートナーであるソルレイことドミニク・ルモニエが贈る初オペラ作品「サイレンス」が、神奈川県立音楽堂の主催で日本初演を果たした。

京都と横浜での2公演のうち、今回は神奈川県立音楽堂の公演を鑑賞。客席はほぼ全て埋まっており、本作品の注目度の高さが伺える。

「サイレンス」は川端康成の短編「無言」を原作としており、デスプラとソルレイがオリジナルの脚本を書き下ろした。

本作品は題名のとおり、物言わぬ人がキー・パーソンとなっている。
その人とは病に倒れ不随の身となった老作家・大宮明房であり、彼は創作をすることが叶わなくなったばかりか、もはや一切の意思表示もできない。
主人公の三田(ロマン・ボクレー/バリトン)は、大宮を見舞うためにタクシーに乗り込むが、その際、運転手(ロラン・ストケール/コメディ・フランセーズ団員。今作での語り部も務める)からトンネル周辺に出る無言の女幽霊の噂を聞かされる。

向かった病室には無言を貫く大宮とその娘・富子(ジュディット・ファー/ソプラノ)、そして三田。
一言も発することのない老人の前で、富子と三田は動揺した気持ちや自らのエゴを吐露しはじめる。

病室を後にした三田は再びタクシーに乗り込み帰途につくが、幽霊が出るという問題の場所に差し掛かった時、運転手が「隣に座っています」と告げる。


まず目を引いたのは、無駄を排した極めてシンプルな舞台セットだ。
床の色は白、椅子やパーテーションも白。
それ以外のすべては黒。
黒というより闇と呼ぶほうがしっくりくるほどで、闇のなかにぽっかりと白い舞台が浮き上がって見えた。

アンサンブル・ルシリンは、黒い衝立を挟んだステージの奥に正面を向いて一列に並んでおり、フルート、クラリネット、弦楽器が各3人、一列奥にパーカッションが1人。
この並び方や人数構成は、雅楽のスタイルを模しているという。

器楽奏者たちはローブのようなゆったりしたシルエットのカラフルな揃いのドレス、頭には同色のターバンを巻いている。
仏像の着衣を彷彿とさせる衣装。楽器を構えるために腕を折り曲げた時の袖のドレープがなんとも美しい。

演奏者のみがカラフルな衣装で、モノトーンに身を包む登場人物たちとは別次元の存在であるということが一目で分かるようになっている。

1列に並んだ演奏者の真上には長方形の大きなスクリーンが掲げられており、場面の意味や視点を補う映像が写し出される。
たとえばタクシーの中の暗く透明なブルーや、紅葉の赤。流れ行くトンネル内のライト、大宮とおぼしき老人の目もと、からみあう手。
簡素な舞台だからこそ、その鮮やかさが映え、デスプラの世界をより立体的に感じられるようになっていた。

関係性の中心にいる大宮は中盤に登場する。
しかし彼の姿は見えず、舞台の奥を向いた長椅子に座ったきりである。
途中で語り部に転じたロラン・ストケールがその長椅子に横たわるシーンで初めてはっきりと分かるのだが、よく見ると背もたれの上部に白髪のかつらが乗っているだけで、椅子は空席だ。
舞台という虚構のなかで、大宮は非常に輪郭のぼけた存在となっている。


アンサンブル・ルシリンが奏でるのはミニマム的な音楽だ。響きやヴィブラートを極力抑えた、「生」っぽい音がしていた。
空気の中から突如出現したような、不気味で不穏な音楽が観客を引き込んでいく。
このサウンドもまた雅楽にインスパイアされたものだという。しかし、邦楽へのオマージュは大袈裟にならないよう、抑制されたものになっている。

またミニマム的な器楽のサウンドに合わせて、歌にも時間が拡張されるような平たく長いフレージングが用いられていた。
器楽と歌声が溶け合い、フランス語がその上に乗る。
序盤のロマン・ボクレーによる美しいファルセットも非常にソフトでなめらかにつくられていた。

しかし登場人物の感情の高ぶりとともに歌にはヴィブラートがききはじめ、器楽も重厚に鳴る。まるで押し殺していた感情が吹き出すかのような描写だ。
ジュディット・ファーは繊細で可憐な声だが、ふとした瞬間に閃光のように喜びや苛立ちを表現していたのが印象的だった。

また「カタカナ」がプチ・キーワードになっており、冒頭ではロラン・ストケールが語りの中でスキャットのように繰り返す「カタカナ」とセッションするかのように打楽器が鳴る。ストケールのコメディアンな一面が縁取られた、チャーミングなシーンだ。
語り部である彼は物語の世界に自由に出たり入ったりできる存在で、三田や富子の生々しい感情表現を見た後には、その平静な佇まいにほっと息をつけるような安心感がある。

物言わぬ幽霊が出現するラストシーンは、中盤に展開された袋小路のような感情の渦を経た為か、不思議とカタルシスを感じた。

開館65周年記念 神奈川県立音楽堂 室内オペラ・プロジェクト
ボーダーレス室内オペラ/川端康成生誕 120 周年記念作品
サイレンス 日本初演 (フランス語上演・日本語字幕付き)
Chamber Opera “En Silence” by Alexandre Desplat based on a novel by Yasunari Kawabata
■日程:2020年1月25日(土) 14:00 開演 (13:00 開場)
■会場:神奈川県立音楽堂

(上演時間約90分)

原作 : 川端康成「無言」
作曲・指揮:アレクサンドル・デスプラ
台本:アレクサンドル・デスプラ/ソルレイ
演出・映像:ソルレイ
美術・照明:エリック・ソワイエ
衣装:ピエールパオロ・ピッチョーリ
演奏:アンサンブル・ルシリン
出演:ジュディス・ファー(ソプラノ)、ロマン・ボックラー(バリトン)
ローラン・ストッカー(コメディーフランセーズ/語り)

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

CAPTCHA


COMMENT ON FACEBOOK

Return Top