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時よ止まれ、お前はとても美しい!―「わ」の会コンサート vol.3 レポート

時よ止まれ、お前はとても美しい!―「わ」の会コンサート vol.3 レポート

6月16日、すみだトリフォニーホール小ホールにて「わ」の会コンサート vol.3を聴いてきました。
(先日お伝えしたリハーサル・レポートはこちら
ワーグナー作品を演奏会形式で魅せてきた「わ」の会ですが、オペラの1幕そのままの上演は初めてとのこと。9月の二期会公演「トリスタンとイゾルデ」にも今回のキャストが複数出演するだけに、プレ公演の趣もありました。

開演前のプレトークでは、ドイツ文学者の吉田真さん(字幕作成も担当)により今回の聴きどころが紹介されました。ノヴァーリスの「夜の讃歌」からの影響など興味深いお話が沢山。今回のマエストロ・城谷正博さんを交えてのトークは弾み、ピアノ演奏によるモティーフの解説などもっと聞いていたくなるほどでした。

前半の「タンホイザー」第2幕からの「歌合戦の場」は、冒頭から木下志寿子さんとマエストロ城谷のピアノ連弾による大行進曲の演奏から格調高く始まりました。舞台後方に置かれた長椅子にはエリーザベト(池田香織さん)と方伯ヘルマン(大塚博章さん)が座し、客席から入場してくる騎士たち、くじを持った小姓(女声合唱)を迎え入れます。ヘルマンが与えた「愛の本質」という課題について騎士たちはそれぞれ歌を披露するのですが、第一声のヴォルフラム(大沼徹さん)のバリトン・ヴォイスの深々とした魅力の素晴らしいこと!高潔な歌の内容に相応しい、堂々たる歌唱は一気にホールを中世のヴァルトブルク城へと誘いました。タンホイザー(片寄純也さん)の返答を挟んでのビテロルフ(友清祟さん)の歌唱は幾分渋め。いよいよ昂る感情を抑えられず「ヴェーヌス山へ行け!」と高らかに歌うタンホイザーの片寄さん、他の2人が歌っている間も目線や表情の演技が素晴らしく、勇壮なテノールの美声を披露してくれました。まさにはまり役の凄味といえましょう。これら3人の性格を見事に演じ分けたハープの操美穂子さんにも聴き惚れました。普段オーケストラ・ピットの中で聴くのとは全く異なり、いかにワーグナーが人物描写に長けていたかを思い知らされます。

「わ」の会コンサート vol.3 リハーサルの様子 Photo by KOTARO MANABE
「わ」の会コンサート vol.3 リハーサルの様子
Photo by KOTARO MANABE

後半はいよいよ「トリスタンとイゾルデ」第2幕全曲。舞台上は照明が落とされ、真っ暗な中で衝撃的なピアノにより物語が開始されました。舞台はコーンウォールのマルケ王の城、王が狩に出る夜の間に妃となったイゾルデは愛するトリスタンと密会します。第1場はイゾルデの侍女ブランゲーネ(山下牧子さん)とイゾルデ(池田香織さん)の駆け引き。「自らが毒薬を媚薬とすり替えた(第1幕)ために禁断の愛を招いてしまった」と嘆き、またイゾルデにメロートへの懸念を伝えるブランゲーネですが、トリスタンに盲目なイゾルデは彼女の進言には聴く耳を持ちません。山下さんはブランゲーネの複雑な心中をよく描き出していました。第2場を予告するピアノに続き、客席よりトリスタンが勢いよく入ってくるとそこからは濃厚な二重唱の始まり。幕の冒頭にピアノで提示された動機が印象的な「昼の会話」の激しい言葉の応酬(いわゆるカット箇所)に続き、夜のとばりが下りてくるといよいよ音楽史上稀にみる陶酔の場面に突入します。片寄さんは前半のタンホイザーとも全く違うキャラクターを展開、池田さんの知性と情熱を兼ね備えたイゾルデとの音楽的な昇華は手に汗握るばかり。ゲーテ「ファウスト」の有名な一節「時よ止まれ、お前はとても美しい!」を思わず叫びたくなるほどでした。愛の重唱が究極まで高まると、クルヴェナルの「トリスタン、お逃げなさい!」という警告と共にトリスタンを裏切ったメロート・マルケ王らが乱入します。ここで長いモノローグを歌うマルケ王(大塚博章さん)、深みのあるバスを披露。その間も各キャストが自発的な演技を繰り広げており、特にメロート(大沼徹さん)は今にも斬りかからんばかりの迫真の表情で最後まで圧倒されました。

「トリスタン」だけでなく公演全体を通して、全曲暗譜で歌手一人ひとりに完璧なキューを与えた城谷正博さんの手腕には恐れ入るばかりでした。飯守泰次郎さん譲りのワーグナー愛に充ちた音楽運びは実に雄渾。音楽の細部を引き締めつつソリストを開放し、全体としては引き締まった印象を与えるという離れ業を達成していました。ワーグナーのオーケストレーションそのものを感じさせるピアノの木下志寿子さんも素晴らしく、特に第3場における「第1幕の前奏曲」冒頭回帰でのモティーフの積み重ねは聴き惚れました。
新国立劇場・二期会と主要な舞台で活躍中のキャストがワーグナー音楽に誠実に向き合い、その最良の形のために「奉仕」した結果の充実であったと思います。舞台装置と呼べるものはほとんどありませんでしたが、深くドラマに没入できたのは音楽的な密度ゆえ。カット無しで「トリスタン」第2幕が観られるという貴重さも含め、素晴らしい公演でした。また次回も濃厚なワーグナーを魅せてくれることでしょう。


【公演データ】
2016年6月16日(木)
「わ」の会コンサート vol.3 Berauschung: 陶酔
すみだトリフォニーホール 小ホール

リヒャルト・ワーグナー
《タンホイザー》第2幕より「歌合戦の場」
《トリスタンとイゾルデ》第2幕全曲

池田香織(メゾソプラノ)
片寄純也(テノール)
大沼徹(バリトン)
大塚博章(バス)
山下牧子(メゾソプラノ)
友清崇(バリトン)
木下志寿子(ピアノ)
操美穂子(ハープ)
城谷正博(指揮)

取材・文 平岡拓也 Reported by Takuya Hiraoka
撮影 KOTARO MANABE Photo by KOTARO MANABE

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