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崇高なる芸術、マリエッラ・デヴィーアのノルマ

崇高なる芸術、マリエッラ・デヴィーアのノルマ

藤原歌劇団の《ノルマ》を観劇しました。ベルカント・オペラのレパートリーで最も難しいといわれるノルマ役を、オペラ界の至宝マリエッラ・デヴィーアが歌い、磨き抜かれた〈声による芸術〉を堪能しました。

ノルマ役は19世紀最高と言われたソプラノ歌手、ジュディッタ・パスタのために書かれました。パスタは歌唱技術と、女優としての才能の両方に優れ、このオペラを作曲したベッリーニにも大きな影響を与えたといいます。古代ローマ時代のガリア地方(ドイツとの国境近くのフランス)を治める巫女の長という役を演じるのに必要な威厳、そして長いフレーズを台詞の抑揚に沿って音楽に織りあげていく技巧がプリマ・ドンナの腕の見せ所となる難曲です。

今回は藤原歌劇団がノルマ役のデヴィーアとアダルジーザ役のラウラ・ポルヴェレッリを招聘し、指揮にもイタリア人若手のフランチェスコ・ランツィッロッタを起用しました。ポッリオーネは笛田博昭。舞台は粟國淳の新演出です。

アップテンポの序曲で幕が開くと、舞台中央には大きな回り舞台があります。夜のシーンが続く物語なので、舞台装置と照明も青を基調にした抑えた色調に登場人物が浮かび上がる美しいものでした。

冒頭は合唱とオロヴェーゾの歌があります。オロヴェーゾは伊藤貴之。深みのある音色のバスです。それに続くポッリオーネとフラーヴィオの場面。ポッリオーネの笛田は長身に加えてドラマチックなテノールの美声の持ち主です。登場のアリア「彼女と共に、ヴィーナスの祭壇へ」に出てくるハイCも決めて拍手喝采を受けていました。

そして巫女たちにノルマの登場が告げられ、デヴィーアが姿を現します。衣裳が大変美しく、青い薄衣を身にまとったノルマが気品に満ちて輝いていました。デヴィーアは戦いをと気がはやるドルイドたちを抑えるレチタティーヴォ「反乱を教唆する声だ」を威厳を持って歌います。それに続いて、名高いアリア「浄き女神 Casta Diva」。銀色に光る月の女神への祈りを、ピアニッシモで、そして表現の密度濃く歌い上げます。前奏のフルート・ソロも静謐な美しさで素晴らしかったです。そしてまたレチタティーヴォを挟み、敵将ポッリオーネへの秘めた愛の苦悩を独白する後半のカバレッタがあります。ここは女らいし感情をにじませて歌われます。かつてはカットされることが多かったトランペットが入る合唱の中間部分を経て後半の繰り返し部分が歌われ、そこでは装飾音を使ったヴァリエーションもコロラトゥーラ・ソプラノとしての完璧な技巧を生かして歌われ、素晴らしかったです。

この後、第一幕は若い巫女アダルジーザとポッリオーネの逢引の場面、そしてアダルジーザに秘めた恋を打ち明けられたノルマとアダルジーザの女声二重唱。その後は、三角関係の頂点であるポッリオーネが加わっての激しい三重唱で幕となります。アダルジーザ役のポルヴェレッリはメゾ・ソプラノですが、軽めの声で、デヴィーアとは声質も音楽性も調和が取れていて良かったです。

第二幕はノルマがポッリオーネとの間に生まれた子供たちを殺そうとするドラマチックな場面で始まります。円形に囲まれた回り舞台がノルマの孤独を強調していました。そしてノルマはアダルジーザとの対話を経て、ポッリオーネの愛情を再び信ずることにします。この場面のノルマの衣装は赤でしたが、これもまた美しく「彼の愛が戻って来たかのように太陽が微笑んでいる」という心持ちを映す明るい照明も効果的でした。しかしドラマは急転直下します。ポッリオーネがもう自分の元に戻ってこないと知ったノルマは激情にかられ、ドラを三度鳴らして民に招集をかけます。

デヴィーアの「戦いだ、戦いだ」は、決して叫び声にならず、しかし声の鋭さで気性の激しさを表現して素晴らしかったです。藤原歌劇団合唱団は歌も動きもエネルギッシュ。捕らえられてきたポッリオーネと二人きりになったノルマが彼にかき口説く「ついに貴方は私の手に落ちたわね」。デヴィーアの声はオペラの最初から芯が一本通っていましたが、数多くの場面を歌った後にもまったく疲れを見せず、それどころか後半にいくにつれて輝きを増していきます。そして皆を呼び出し、罪深い巫女の名前を告げる「それは私です」という台詞。これまで録音や実演で様々な《ノルマ》を聴いてきましたが、初めて心の底から感動を体験した崇高な歌唱でした。ノルマを取り巻く人々もまさに彼女の発言に雷に打たれたかのようで、舞台全員が一体となった圧倒的な瞬間でした。

最後に自ら火刑台へと進むノルマと彼女を追うポッリオーネで幕が降りると、客席も歓声と大きな拍手に包まれました。

フラーヴィオを歌った及川尚志、クロティルデを歌った牧野真由美も的確な歌と演技、またノルマの子供を演じた二人の子役も上手でした。

ランツィッロッタ指揮の東京フィルハーモニーは歌をサポートしてテンポも妥当だったと思います。木管やホルンの音色もまろやか、弦も歌心があり良かったです。

来るオペラ・シーズンに発表されている演目を歌ってデヴィーアはオペラを引退すると発表されているそうです。今年70歳という年齢を考えたら不思議はないのですが、磨き上げられた芸術を聴くことが出来るのも、もう最後だと思うと感慨深いです。デヴィーアがノルマ役を初めて歌ったのは2013年で、長いキャリアの間に慎重にレパートリーを広げてきた彼女が最後に歌ったこのオペラが彼女の声、歌唱スタイル、演技などの素晴らしい資質を全て示すものになったのは本当に幸せなことだと思います。そして、その彼女の名舞台に日本にいながらにして接することができたのは類い稀なことでした。
(所見:2017年7月4日)

文・井内美香 reported by Mika Inouchi / photo : Naoko Nagasawa


日生劇場×びわ湖ホール×川崎市スポーツ・文化総合センター×藤原歌劇団×東京フィルハーモニー交響楽団 共同制作
ノルマ

2017年7月1日(土)14時/2日(日)14時/4日(火)14時
日生劇場

指揮:フランチェスコ・ランツィロッタ
演出:粟國淳

ノルマ:マリエッラ・デヴィーア(7月1・4日)/小川里美(7月3日)
アダルジーザ:ラウラ・ボルヴェレッリ(7月1・4日)/米谷朋子(7月3日)
ポッリオーネ:笛田博昭(7月1・4日)/藤田卓也(7月3日)
オロヴェーゾ:伊藤貴之(7月1・4日)/田中大揮(7月3日)
クロティルデ:牧野真由美(7月1・4日)/但馬由香(7月3日)
フラーヴィオ:及川尚志(7月1・4日)/小笠原一規(7月3日)

合唱:藤原歌劇団合唱部、びわ湖ホール声楽アンサンブル
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

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