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「妙薬の精」が指し示すものは―はまぷろGiocoso 2018年公演「愛の妙薬」

「妙薬の精」が指し示すものは―はまぷろGiocoso 2018年公演「愛の妙薬」

HAMA Project(以降はまぷろ)のドニゼッティ「愛の妙薬」を観た。はまぷろは年間2回の上演を行うオペラ企画であり、春がフルオーケストラを用いた「本公演」、秋が小編成による「Giocoso」公演となっている。旗揚げ公演は今春「フィガロの結婚」。共通の理念として置かれているのは「学生・若手演奏家が中心となったオペラ作り」「小さな劇場ならではの舞台表現」(HPより引用)ということだ。ベル・カントの名作である「愛の妙薬」が、はまぷろの手によりどのように生まれ変わるのかという興味と共に観た。

「愛の妙薬」はスペインのバスク地方が舞台となっており、アディーナは農場主の娘、ネモリーノは内気な若い農夫である。しかし、今回のはまぷろ公演では筋書きに読み替えが施され、更に「妙薬の精」なる新たなキャラクターが登場した。
舞台は国境付近の街(明らかにはされない)に佇む老舗のホテルに移され、アディーナはホテルを若くして継いだ敏腕支配人。ネモリーノはそこで清掃員として住み込みで働いている。戦争孤児である彼はどこか陰のある描かれ方をしており、ホテルの他のスタッフとは相容れない。ドラマを動かす起爆剤となるベルコーレ、ドゥルカマーラらもやや変わった役割を与えられている。プログラムには、ベルコーレは国境付近を移動する憲兵隊の士官、ドゥルカマーラは社会情勢の混乱に乗じて一儲けを企む詐欺師とある。そして劇に加えられた「妙薬の精」(黙役。葛原敦嘉が演じる)は舞台上を所狭しと動き回ってちょっかいを出し、何故かアディーナとドゥルカマーラだけがその姿を視認できる。

ネモリーノ(鷹野景輔)、アディーナ(吉田結衣) 後ろには「兵士求む」のポスターが

これらの読み替えが意味するものとはなんだろうか。このオペラで結ばれるアディーナとネモリーノには元来社会的格差があり、故に恋愛成就の障壁となっているわけだが、その格差はホテル経営者と従業員という形である程度踏襲されている。元の筋書きとの最大の相違は、支配人という立場上、アディーナが幾分ネモリーノに配慮をしているということだ。村のお嬢様なら農夫など相手にしなくとも良いかもしれないが、従業員として雇う以上無視はできない。(演出でも、彼女のネモリーノへの気遣いが窺える)このアディーナの「秘めたる愛」がネモリーノの純情を知ることにより「真実の愛」へと昇華する過程がオペラの中では描かれることになる。ひいては、「妙薬」という非現実的なアイテムに頼らずとも恋愛を成就させる役割も果たすのだ。
しかし、では「妙薬の精」の意味とは?筆者は当初、その名称ゆえにドゥルカマーラの計略を補佐する役割を担うのかと思ったが―そうではなかった。精と意思疎通を図れるのがアディーナとドゥルカマーラだけであることは前述したが、その理由はこの2人の成長にあるようだ。2人は劇を通して、徐々にネモリーノの純情な愛を理解してゆく。(そのプロセスの頂点でネモリーノがアリア『人知れぬ涙』を歌い、音楽的な頂を形作る)「妙薬の精」は登場人物にちょっかいを出しつつ、ネモリーノの想いを2人に伝える役割を担っていたのだ。その役割に加え、観客側の視点(いわばオペラの進行への『ツッコミ』)を代弁するのも「妙薬の精」であったため、やや視覚的な情報量が過大になっており、劇の進行よりも彼の動きに注意を奪われた点は正直に記しておきたい。

結論として、アディーナとネモリーノの関係性をある程度維持した上で、現代的な問題意識(雇用者・被雇用者)を自然に付加する発想は秀逸だった。ホテルスタッフの扱い、戦争を示唆する要素(ホテルには『兵士求む』のポスターが貼られている)などの小ネタにも事欠かない。舞台の移行を違和感なく実現するにあたり、丁寧に作られた衣装や舞台美術の好さが果たした役割も大変大きい。唯一惜しまれるのは「妙薬の精」が担う役割がやや過大だったことで、この新要素の意義がやや薄れてしまったことだ。

全体写真

読み替え演出という都合上すでにかなりの字数を費やしてしまった。学生・若手演奏家による制作ということで、音楽面もフレッシュだ。はまぷろ管弦楽団は小編成で機敏な音楽をつくり、新国立劇場で活躍する濱本広洋(はまぷろの『はま』は氏のことだ)に率いられて舞台を支える。歌い手は音大のみならず一般大学の参加者も多く、特にアディーナ役の吉田結衣(上智大)は演出にふさわしい知的なキャラクターと伸びやかな美声で魅了。他の役柄でも、人物の新鮮な側面を見せてくれそうだ。ネモリーノの鷹野景輔は体調不良のため限られた歌唱となったが、重唱などで歌った岸野裕貴と力を合わせ純情な若者を体当たりで演じた。藤巻希美彦の温和なドゥルカマーラも味があるし、鞘脇みなみのジャンネッタも出番は少ないが光るものがあった。ベルコーレの伊藤薫はドラマツルグも担う才人。合唱を含め、声の浅さは全体的に感じたが―これは仕方ないところだろう。

オペラには読み替えが大いに意義を発揮するもの、必ずしもそうでないものが存在すると筆者は考えるが、その中で「愛の妙薬」は比較的読み替えに「挑みにくい」部類の作品だろう。その作品に果敢に挑み、成果を挙げたはまぷろの上演に拍手を贈りたい。

写真:田中 卓郎 Photos by Takuro Tanaka
文:平岡 拓也 Reported by Takuya Hiraoka

【公演データ】
はまぷろGiocoso2018歌劇《愛の妙薬》

ドニゼッティ:歌劇「愛の妙薬」(全2幕/イタリア語上演/日本語字幕付き)

2018年9月14日(金)
ムーブ町屋 町屋ホール

代表:竹中梓
演出:吉野良祐
ドラマツルグ:伊藤薫

アディーナ:吉田結衣
ネモリーノ:鷹野景輔/岸野裕貴
ベルコーレ:伊藤薫
ドゥルカマーラ:藤巻希美彦
ジャンネッタ:鞘脇みなみ
妙薬の精:葛原敦嘉
合唱:はまぷろ合唱団
管弦楽:はまぷろ管弦楽団
指揮:濱本広洋

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