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創り手からの挑戦状─はまぷろGiocoso2019 歌劇《魔笛》

若きオペラ団体「HAMA project(通称はまぷろ)」による『魔笛』公演のゲネプロ(本番直前の総仕上げ稽古)を拝見した。以前筆者は同団体制作の『愛の妙薬』公演を観て、若い創り手集団ならではの柔軟な作品の捉え方、細部に至る丁寧な仕事に感服したのだが─今回は古典中の古典にして一筋縄では行かない『魔笛』。さてどう魅せてくれるのだろうか、と期待して会場に向かう。

まず、この『魔笛』は読み替え演出だ。しかし、夜の女王とザラストロが最初からグルになっているとか、舞台全体が老舗ホテルになっているといった手の読み替えではない。はっきり言って、もっと込み入っている。敢えて称するならば、「作品の成立」に向けたドラマをオペラ本編にねじ込んでしまった演出、とでも言おうか。
本演出では以下の4つの世界観が混在している。便宜上、番号を振ってみよう。

➀「シカネーダー台本によるオリジナル」
➁「序曲演奏中、スクリーンに投影される絵本で展開される世界」
➂「絵本の内容に不満を抱いた子供(夜の女王)が書き換えた、新たな絵本の世界」
➃「父親(プロ編集者、ザラストロ)、母親、子供の3人家族が暮らす現実世界」

会場に入ってまず聴衆が目(耳)にするのは④であり、ごく平和な核家族が賑々しく就寝準備をする様子がスピーカーの音声で流れる。そして子供が寝る前に読む絵本が②というわけだ。子供は絵本の平凡さに満足できず、自ら筆をとり魅力的な物語へと改作し、自分自身も夜の女王として劇中へ入り(ここで漸く『子供=夜の女王』の構造がはっきりと明かされる)、③が展開されていく。「では構造は3層じゃないのかい」と仰るなかれ。『魔笛』のオリジナル(①)を知る聴衆からすれば、②の絵本の内容も微妙に原作とは異なっているので、やはりそのズレを頭の中で認識しながら観る必要があるのだ。
要するに聴衆はこの4層構造の中で、いま舞台上ではどの世界が展開されているのかの吟味を求められる。なかなか高い要求水準であり、必然的に観る者は舞台に食いつくことになる。これも創り手の狙いだろうか。

夜の女王(和田奈美)が絵本の世界を書き換え、劇は進行してゆく ©伊藤大地

夜の女王(和田奈美)が絵本の世界を書き換え、劇は進行してゆく ©伊藤大地

ここまでお読みになった方は、この『魔笛』において夜の女王が担う役割の大きさはご理解いただけると思う。彼女は単調な物語に大鉈をふるい、次々と登場人物を増やしていくわけだから。そうして物語が深みを増してゆく過程で、最終的に①のオリジナル『魔笛』に近づいていくというのは興味深い。もしはまぷろのプロダクションでこのジングシュピールを初めて観る方にとっては、ここを出発点として次のプロダクションを楽しむことが出来るし、『魔笛』をよく知る方は「自分が知ってる話になってきた」という楽しみ方が出来よう。
夜の女王の大鉈のひとつをご紹介。彼女は序盤で、主役をタミーノからパパゲーノに交代させるという大胆な技を使う。これは勿論台詞部分(日本語)で行われるのだが─問題は、音楽自体はほぼ変えようがないということだ。タミーノが歌っていた部分をパパゲーノに、ということは出来ない。どうしてもタミーノの歌の比率は多いまま。結果、音楽的な「主役の交代」には至らない─というのは本演出・台本の弱いところかもしれない。

第2幕ではザラストロの陣営が重要な役割を果たす。物語の世界(③)に乗り込んだ父親(書籍編集者という設定が与えられている。物語を改変する娘に対し、本職の血が騒いだというわけだ)はザラストロとして登場する。シカネーダーの台本上ではザラストロと夜の女王は光と闇、善と悪の二項対立として描かれるが、今回ここに「2人が父娘である」という前提が加わることにより物語が深みを帯び、単純な割り切りを許容しなくなるのだ。
上述の新機軸は劇中で実際に触れられる。ザラストロの弁者が「娘さんが悪者になってしまってよいのですか」とザラストロに訊ねるが、彼は「善と悪で説明できるものではない」と語る。ここで弁者は聴衆を代表して訊いているのであり、むろん返答は聴衆全員への重要なメッセージとなる。ザラストロと夜の女王のどちらが悪なのかに困惑するのは、『魔笛』を観るどんな聴衆でも通る道であろう。ザラストロの言葉は、その困惑に対する示唆なのである。

そして、先般タミーノから主人公を引き継いだパパゲーノだが、笛(主人公だけが吹ける、という追加設定を夜の女王が与える)を鳴らすことが出来ずに彼は困惑。タミーノも主人公の剥奪をを嘆くが、ここでもザラストロ陣営は「主人公とは、編集者が決めるものでも作家が決めるものでもない」と仄めかす。これはつまり、大風呂敷を広げすぎて収拾がつかなくなり「とにかく物語を終結させること」に躍起になっている夜の女王=娘に対するザラストロの助言であり、かつ父性愛を帯びており、更にはプロ編集者としての立場も含んだ含蓄のある言葉として届く。
この父の言葉以降、物語は俄然群像劇的な性格を帯び始める。登場人物として与えられた役割に囚われることなく、パパゲーノはパパゲーナを、タミーノはパミーナを求め、二組は結ばれる。タミーノのアリア„Dies Bildnis ist bezaubernd schön(なんと美しい絵姿)“を本来の第1幕ではなく第2幕のこの場面に置く改変は、主人公という枠から解放されたタミーノの純粋な感情の芽生えを音楽として如実に伝えた。

序曲中に映し出された絵本は、劇中で何度か背景として用いられる ©伊藤大地

序曲中に映し出された絵本は、劇中で何度か背景として用いられる ©伊藤大地

こうして音楽は大団円へ突き進んでゆく。シカネーダーの台本での夜の女王一味は地獄落ちして大団円には交わらないが、はまぷろ『魔笛』では幕切れを以下のように解決し、彼女らを救い上げた。舞台は夜の女王を④の世界に戻し、彼女は盛大な音楽の最中、絵本を枕にしてすやすやと眠りにつく。モノストタスら、彼女が創り出した登場人物は彼女の周りを眠りの精のように囲む。そしてザラストロ─いや優しい父親は、彼女にそっと自らのベールをかけて慈しむ。
この「慈しみ」により、夜の女王一派は先述した善悪の二項対立や幕切れの勧善懲悪から救われる。プロ編集者としての知恵(Weisheit)・父親の愛(Liebe)という、『魔笛』における重要なキーワードも同時に回収されるのだ。

パミーナ (吉田結衣)、パパゲーノ(伊藤薫) ©伊藤大地

パミーナ (吉田結衣)、パパゲーノ(伊藤薫) ©伊藤大地

さて、演出に関してだけで相当の文字数を費やしてしまったが、音楽にも当然触れておきたい。ゲネプロゆえあくまで本番に向けたコンディション調整を含んだ状態として以下はご理解いただきたく思う。
まず演出上でも極めて重要な役割を任された夜の女王(和田奈美)は総合的に高い水準で歌と演技を実現していた。各幕に置かれた高難度のコロラトゥーラ・アリアも鮮やかに決め、かつ子供ならではの苛立ちや言葉にならない感情をも舞台に現出させた。彼女に翻弄されるヒーロー&ヒロインのタミーノ(鷹野景輔)、パミーナ (吉田結衣)も困惑を体当たりで表現し、特にパミーナの吉田は難易度の高い„Ach, ich fühl’s, es ist verschwunden(ああ、愛の喜びは消え)“を情感豊かに歌い綴った。ザラストロ(田中拓風)はその風格ある舞台姿そのままの発声、弁者(山田和司)も充分すぎるほどに立派。モノスタトス(高橋拓真)は性格的テノールとしての役割を十全に果たしていた。舞台を所狭しと駆け回り侍女/童子を演じ抜いた3人(小原明実、中島晶子、依光ひなの)の大健闘も記さぬわけにはいかない。
ただ唯一、パパゲーノ(伊藤薫)は如何なものか。他のキャストへの反応含めて細やかな演技には好感が持てるが、一人明らかに発音・旋律線の明瞭さに欠けたと言わざるを得ない。彼について同一の印象を抱いたのは今回が初ではないので、歌そのものの癖だと思うのだが─。相手方のパパゲーナ(鞘脇みなみ)は好演。
そして、濱本広洋指揮のはまぷろ管弦楽団、はまぷろ合唱団も真摯な演奏で長丁場を彩った。オペラでは会場の規模に合わせて歌手・合唱団・管弦楽のバランスを適切に取ることが瞬間ごとに求められるが、適宜響き方を確かめつつ理想的なバランスを追求していく演奏者の姿は頼もしくさえあった。オーケストラが好演だっただけに、一部のファンファーレをリコーダー合奏で置換していた采配には首を傾げてしまったが─幕開けの子供部屋の世界観に音楽を寄せたのだろうか。

複数の世界線を有する物語はいずれも大団円へ向かう ©伊藤大地

複数の世界線を有する物語はいずれも大団円へ向かう ©伊藤大地

演出についての考察が大半を占めることになったが、それだけに観る者に思考を促す内容を含んだプロダクションだったとも言える。台本の松浦祐矢、演出の吉野良祐の好タッグに喝采をおくり、多くの分野から集まった誠意と熱意の創り手が成し遂げた舞台に敬意を表したい。その上で一点付け加えるならば、終演後に追加で配布されたという「編集者雑記」─これは果たして、必要だっただろうか?創り手が溢れんばかりの思いを抱いているのは至極当然。しかしそれは、可能な限り「舞台上で全て伝えきるべき」ではないだろうか。プログラムノートの原稿はともかく、後付けの「種明かし」にも似たその文章は、筆者には蛇足としか感じられなかった。

写真提供:HAMA project Photos offered by HAMA project
文:平岡 拓也 Reported by Takuya Hiraoka

【公演データ】
2019年9月28日(土)
男女共同参画センター横浜
(所見:9月27日ゲネプロ)

はまぷろGiocoso2019 歌劇《魔笛》
W.A.モーツァルト作曲
全幕ドイツ語歌唱/日本語台詞/日本語字幕付

指揮:濱本広洋
演出:吉野良祐
台本:松浦祐矢
管弦楽:はまぷろ管弦楽団
合唱:はまぷろ合唱団(合唱指揮:中川真文)

ザラストロ:田中拓風
タミーノ:鷹野景輔
弁者:山田和司
僧侶/武士1:喜多村泰尚
夜の女王:和田奈美
パミーナ:吉田結衣
侍女1/童子1:小原明実
侍女2/童子2:中島晶子
侍女3/童子3:依光ひなの
パパゲーナ:鞘脇みなみ
パパゲーノ:伊藤薫
モノスタトス:高橋拓真
武士2:四方裕平

主催:オペラ企画HAMA project
共催:横浜アーツフェスティバル実行委員
横浜音祭り2019公募サポート事業

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