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喜びはなんと尊いものか!と噛み締めることができた公演。 新国立劇場「ドン・パスクワーレ」

喜びはなんと尊いものか!と噛み締めることができた公演。 新国立劇場「ドン・パスクワーレ」

「ドン・パスクワーレ」もちろん演目は知っていましたが、あまり日本では上演される機会の少ない演目です。どこかでやらないかしら、と思っていた時に、そういえば新国立劇場でやっているではないか!と思いだしたのが、残りは千秋楽のみというタイミング。直ちにネットでチケットを購入し、最終日のマチネ公演を観に初台に向かったのでした。

実は最近クルマの中でしばしば聞いているインターネットラジオ。海外のオペラ専門のラジオ局なのですが、そこでよく「ドン・パスクワーレ」のアリアなどが流れていました。食べているものや暮らし向きに裏打ちされるものとは、どれだけ、金を積んでも買えないし、努力を重ねても身に付くものではない、と常々感じているのですがガエターノ・ドニゼッティの音楽にはそういう豊かさが染み込んでいるなと常々感じてきました。だからこそ、そんな曲を生演奏で、オペラ劇場の公演で観れたらなあ、と思うに至ったのでした。

自動車ライターをしていると、下半期になって企業の予算消化の兼ね合いもあるのでしょうか。どうも忙しくなります。特に秋口からは自動車のイベントなども立て込み、今年も時間的に余裕があったわけではありません。しかしそんな合間であっても、是非とも見ておきたい公演。チケットも取れて、行くことができた幸せは、まさに感謝せねばなりません。

やはり、ドニゼッティと言っても、ルチアとかシャモニーのリンダなども人気ですね。そういうものに比べるとマイナーなのでしょうか。直前でもC席が空いていました。かつて学生時代によく並んで買っていたZ席と同じ最上階の4列の前から2列目。ピットからのオーケストラの音はスポーンと飛んできますし、ちゃんと舞台も見渡せる。個人的には好きな席。

紅葉に色づく東京を照らすお日様が少し西日になる頃、ドニゼッティの最後の作品。新国立劇場での公演最終日、序曲からスタートです。

どんなに聴衆がうきうきしていようとも、決してそんな気持ちが先に行くようなことがない、あくまでもオペラの船頭は周到な音楽。緩急も自在な芳醇な音楽に身をゆだねていさえすれば、自然と笑い楽しむことができるオペラ。楽しいは楽しいが、こんなに安楽に面白いなあと思えるオペラ鑑賞って今までしたことがあったでしょうか。そんな気分にさせる作品だし、プロダクションだったように感じます。

円熟のオペラ・ブッファとはよく言いますが、プログラムに目を通すとなるほどヴェルディのロンバルディア人なんかとほぼ同じ時期の初演であったようですから、音楽史の時計で言えば、オペラがまさに次の時代に針を進めようとしていた時期の作品。今までのやり方のままではいかないよね、というどこか一時代が終わろうとする寂しさのような雰囲気や、ドン・パスクワーレその人が老人であって、その「老い」が故のやりとり、悲哀、抗うことのできない運命的で不可避なことがわりとしっかり描かれている事にも感心させられました。

イラチで堪えられないところなんか、可笑しいけれど、もの悲しい。しかしそういうものを込めて書かれた喜劇は、決して生半可ではできないオペラに仕上がっていると思いました。

喜劇だからこその難しさは笑ってごまかすでは到底なし得ないものです。間や、テンポ、そして振る舞いの一つ一つに粋で洒落たところが無ければなりません。今回のキャストは総じてそういう点、細かいディテールに至るまでしっかり歌い上げていたと思います。正直、新国立劇場の公演に関しては、もっと日本人キャストでとも思いました。しかし、日本人ではなし得ないものであっても、国立劇場の素材価値に説得力を持たせるプロダクションに仕上げていました。ああいうのは大いにあり。そんな主要キャストオール外国人プロダクションだったように感じました。むしろ、声楽家にとって労働の場という意味合いも強い日本のオペラでは、ソロパートが少なく、厚みのある合唱が必要で舞台も十分なコスト投下を避けたくないこの演目は原価率を上げることに繋がり、ましてチケットも演目だけで捌ける作品ではない。そんなこともなかなか上演されにくい演目たる所以だろうか、などと思いを巡らせたりしたものです。独立採算であっても、予算を取って新国立劇場のラインナップでこそ提供するにふさわしい演目をしかるべき出来栄えで完成させていたのではないでしょうか。

笑うことは人間にだけ許された特権のようなものではないでしょうか。どこかブルジョワジー(決して昨今幅を利かせる拝金主義でも成金趣味でもない高貴さという意味で)な雰囲気のあるドニゼッティが最高の音楽で、オペラに仕立ててくれたこの作品。「観に来られて本当に良かった」「オペラを観るって楽しいしホントに幸せ」すでに陽が落ちたころ、京王線のホームへ足早に向かいながらそんな感想を噛み締めていました。

でもこれこそ、オペラに行く意味だし、甲斐があったということではないでしょうか。帰ってからいろんな音源を聴いたりして楽しんでいます。ネッロ・サンティさんの指揮なんか、なかなかいい、というか個性的なテンポ。また感じ方が変わりますね。最近はなかなか劇場に足を運べないのですが、やはりオペラは楽しい。喜劇だからこそ譲れない完成度、厳格さに妥協がない公演だったのではないでしょうか。と、こう思わせてくれた新国立劇場の「ドン・パスクワーレ」見られてホントに良かった。(2019年11月17日・新国立劇場)

自動車ライター 中込健太郎

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