オペラ・エクスプレス

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ノット×東響。快進撃のコンビネーションによる《コジ·ファン·トゥッテ》ミューザ川崎の美しい響きを楽しむように歌う、サー·トーマス·アレンをはじめとした歌手たち

東京交響楽団の創立70周年の、すなわちノット&東響の第三シーズンを締めくくる定期演奏会も大好評のうちに終わって、しかしこのコンビネーションの快進撃はまだ終わらない。ミューザ川崎シンフォニーホールと東京芸術劇場による企画で上演される演奏会形式のオペラ、「コジ・ファン・トゥッテ」が最後の舞台として待っていたのだ。
オペラでそのキャリアを開始したジョナサン・ノットと、オーケストラ・ピットにもしばしば登場する東京交響楽団だが、今回の舞台が初のオペラ全曲上演となった。もちろん、抜粋や組曲の演奏はこれまでも多く行っており、4月の「ルル」組曲や、つい先日の「トリスタンとイゾルデ」第一幕への前奏曲を聴いて、この顔合せによるオペラ全曲上演を待ち望んでいたファンも少なくないだろう。待望されたオペラ全曲演奏の機会がついに訪れた今回、ノット監督が東響との最初の演目に選んだのは、モーツァルトの数多くのオペラから「コジ・ファン・トゥッテ ―恋人たちの学校」だ。本拠地で「モーツァルト・マチネ」シリーズを長く開催している東京交響楽団がモーツァルトを得意とすることはご存知のとおり、だがいわゆるダ・ポンテ三部作の最後の、もっとも知名度的には落ちる作品から始めることを疑問視したファンもいらっしゃるだろう。だが、結論から言ってしまえばこの上ない大成功、「コジ・ファン・トゥッテ」の三時間半はこの上なく幸せな、肯定的な時間としてステージ上の出演者と多くの聴衆とによって共有された。
ノット×東響《コジ・ファン・トゥッテ》より
「コジ」のストーリーは簡単にまとめてしまえば「貞潔な女性は存在する、それは自分の恋人だ」と主張する若者たちを、年長者が試した結果「女性とはみなこうしたものだ」と教え諭すもので、副題でいう「恋人たちの学校」は啓蒙主義時代のある意味では身も蓋もない人間観察によるものだ。なにせその「学校」ですることが「変装して友人の彼女を口説き落とす」ことなのだから、発表されてから特に19世紀に不道徳な作品であるとして避けられてきた。しかしその音楽的充実はいわゆるダ・ポンテ三部作の他二作に劣るものではなく、むしろ前二作の手法をさらに洗練させた、心理描写に長けた作品となっている。

このストーリーを展開させるオペラのメインキャストはわずか六人、常にアンサンブルを意識できる冷静さと、なにより歌が求められる。今回、早い時期に交代したフェルランド役のアレック・シュレイダー、直前にミア・パーションから交代したフィオルディリージ役のヴィクトリヤ・カミンスカイテと、キャストの変更を不安視された方もいたことだろう。しかしこの日の舞台がすべてを証明した、それらはすべて杞憂でしかなかったと。

今回の”カンパニー”は第一幕のリハーサルの時点でチームとしてのまとまりを示し、それでいて音楽的にも高い技量を示していたことはすでにお伝えした。演奏会形式とは言いながら、所作や舞台上の動きでドラマを明確に示すサー・トーマス・アレンのリードで、声楽陣が自由に芸を披露しつつ描き出した「コジ」の瑞々しさと来たら!舞台上は冒頭からリハーサル以上に自由な雰囲気で展開し(即興的に足された”ネタ”もかなり多かった、特にグリエルモ役のマルクス・ウェルバ!)、場内もよく笑い楽しいステージは展開した。この日の舞台は、バツの悪い二組の恋人たちのうち、はじめ勝ち誇った反動かグリエルモだけが不機嫌なまま終幕を迎えた。教訓劇として書かれながら、あまりに劇中での変化が印象的にすぎていろいろな描き方をされるこの作品の終わり方としては妥当なものではないだろうか?だが日曜日の公演が同じように終わるかどうかはぜひご自身で確かめてほしい、とお断りさせていただこう、この「コジ」は即興的に作られた舞台なのだから。


この日の公演を聴かれた方は、粒ぞろいの歌手たちからそれぞれお気に入りの歌手、役どころを見つけられたことと思う。私個人は、急な代役として空港から直接リハーサルに合流したところを見届けた、初来日のヴィクトリヤ・カミンスカイテが「岩のように動かずに」を歌ったあとの大喝采から場内の雰囲気も落ちついてよりくつろいだ舞台となったように感じられて、なにか我が事のように嬉しく思っている。そして、六人の歌手誰もがミューザ川崎シンフォニーホールの美しい響きを楽しむように歌っていたのは強く印象に残った。

16人編成で登場した新国立劇場合唱団は、「ドン・アルフォンソに雇われた、物見高い歌うたい達」として舞台の空気を大いに盛り立てた。もちろん、その歌唱が素晴らしかったことはこの合唱団をご存じの方には説明するまでもないだろう。
ノット×東響《コジ・ファン・トゥッテ》より
そして序曲からフィナーレまで集中力を切らさず、どころではない美しい演奏を聴かせた東京交響楽団についてはどう褒めたものだろうか。6型の弦楽器編成によるオーケストラは、トランペットやティンパニが時代に合わせて変えられたほかはつい先日の「ナクソス島のアリアドネ」と同程度の人数なのだが、そのサウンドはまったく違う、まさに東響が培ってきたモーツァルトの音だ。東京交響楽団はコンサートの中でもこうしたサウンドの変化を創りだせるオーケストラとなり、それはもうこのアンサンブルにとっては自然なものとなった。ジョナサン・ノットとの第三シーズンの”延長線”で集大成を存分に示してくれたことを、一ファンとして喜ばしく思うものだ。

歌手陣のリーダーはサー・トーマス・アレンだが、舞台全体のリーダーはやはり、レチタティーヴォでハンマーフリューゲルを自ら弾き、かつ指揮をしたジョナサン・ノットだ。オーケストラが演奏していないレチタティーヴォの間、楽員の皆さんが笑顔で舞台前方を見やる気持ちがよくわかる、楽しげなノット監督の指揮ぶり、弾きぶりは常に舞台の中心にあった。そしてなにより、彼の指揮から生まれた音楽の多彩な美しさには言葉が及ばない。激しくはないが鮮烈に、緩急を自在につけた序曲から、アリアも重唱も合唱も細部まで表情豊かに歌わせた手腕には感服するしかない。長く幸せな上演の中から、あえてひとつだけ指摘するなら、モーツァルト得意の長いフィナーレを見事なテンポ設定で描き分けたことを特筆しておきたい。即興性を重視する彼だが、そこには明確な設計があって、その上で”自由”を求めていることが示された瞬間だったと考えるからである。現状に満足せず、より高みを見据えて困難な目標を掲げつつ、「我々は第三シーズンまでにここまで来た」とノット&東響はその成果を存分に示した。このコンビネーションがこの先10年は続くのだから、こんなに嬉しいことはない。
ノット×東響《コジ・ファン・トゥッテ》より
なお、ノット&東響によるダ・ポンテ三部作はシリーズとして次回以降も予定されていることが、会場で配布されたプログラムで言明されている。「一番難しい作品」(同プログラムより)をこの水準で上演したあとに取り上げる「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」は果たしてどこまでの”舞台”となるのだろう?この夜誕生したノット&東響の、そしてミューザ川崎シンフォニーホールの名物シリーズは舞台を東京芸術劇場に移して11日に早すぎる千秋楽を迎える。

取材・文:千葉さとし reported by Satoshi Chiba / photo: Naoko Nagasawa


モーツァルト 歌劇コジ・ファン・トゥッテ全2幕
演奏会形式・原語上演(日本語字幕付き)
公演時間:約3時間(途中休憩1回)

2016年12月9日(金)18時30分 ミューザ川崎シンフォニーホール
2016年12月11日(日)15時 東京芸術劇場コンサートホール

指揮、ハンマーフリューゲル:ジョナサン・ノット(東京交響楽団音楽監督)
舞台監修、ドン・アルフォンソ:サー・トーマス・アレン

フィオルディリージ:ヴィクトリヤ・カミンスカイテ
ドラベッラ:マイテ・ボーモン
デスピーナ:ヴァレンティナ・ファルカス
フェルランド:アレック・シュレイダー
グリエルモ:マルクス・ウェルバ

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団

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