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【公演レポート】東京二期会オペラ劇場《魔笛》---愛は地球を救う!? 宮本亜門の仮想現実ゲーム的《魔笛》ワールド

【公演レポート】東京二期会オペラ劇場《魔笛》---愛は地球を救う!? 宮本亜門の仮想現実ゲーム的《魔笛》ワールド
東京二期会オペラ劇場《魔笛》
東京二期会オペラ劇場《魔笛》
7月16・19日

東京二期会の《魔笛》公演に行ってきました。演出と音楽がいずれも充実した素晴らしい公演でした!

宮本亜門はすでに国際的な活躍をしている演出家ですが、2013年オーストリアのリンツ州立劇場で演出したこの《魔笛》は彼のオペラ演出家としてのヨーロッパ・デビューだったそうです。リンツはザルツブルクとウィーンの中間に位置する都市で、今回の上演にあたり同歌劇場から来日したドラマトゥルクのヘンデラー氏による公演のプレトークによると、オーストリア政府の意向で1980年代より文化に大きく投資しているそうです。新コンサートホール、博物館、そしてデジタル・アートとニュー・メディアの研究センター、そして2013年には新しいリンツ州立劇場がオープンしています。そのオープニング記念演目の一つとして、宮本亜門が招かれ同劇場の音楽監督デニス・ラッセル・デイヴィスの指揮で《魔笛》が上演されました。伝統を重んじるザルツブルクやウィーンと違い、革新の都市であるリンツが今日的な切り口の《魔笛》を求めた結果、亜門とラッセルによる公演は大成功を収め、現地のキャストで再演を重ねています。

この《魔笛》には演出上の様々な工夫が凝らされています。私が一番大事だと感じたのは、亜門がこのオペラを「スピリチュアル・ジャーニー(精神的な旅)」と捉えていること。序曲の間、舞台の上ではある一家の様子が描かれます。祖父がテレビゲームを買って三人の孫たちが喜んでいるところに彼らの父親が帰ってきますが、その様子からおそらく失業したことが伺われます。そして酒で憂さを晴らそうとする父親に怒った母親が家出してしまい、父親が自暴自棄になって暴れているうちにテレビゲームの画面を突き破って、ヴァーチャルな世界に行ってしまいます。彼(=タミーノ)は自分にとって本当に大切なものは何なのか?を探す旅に出るのです。

亜門の描き方は、夜の女王に代表される世界を『悪』、ザラストロの陣営を『善』と単純には捉えていません。ザラストロが第二幕で歌うアリア「この聖なる殿堂では In diesen heil’gen Hallen」は最初はパミーナに向けて歌われますが、彼女はアリアの前半が終わると静かに退場し、ザラストロは曲の後半を自分自身に対して歌います。それは(叡智がありすぎて脳みそが異常に肥大してしまった)ザラストロですら、悩みを持った一人の人間だからなのです。

この演出のもう一つの素晴らしさは、この「自分探しの旅」としての《魔笛》を、プロジェクション・マッピングを大胆に使用することによって大変効果的に見せていることです。冒頭の父親(=タミーノ)がテレビ画面に飛び込むところから、タミーノが蛇に襲われるところ、そして三人の童子に導かれての夜の女王の世界からザラストロの世界への移動、そしてパパゲーノとパパゲーナの二重唱に出てくる花咲く野原に至るまで、映像の色彩と動きには本当に惹きつけられました。《魔笛》という演目自体がこのような演出方法にぴったりなファンタジックなオペラだったことも成功の理由だと思います。衣裳も美術とよく合っていて色使いもビビッドでした。またとても賢くチャーミングな猿(ゴリラ?)達が何匹も出てくるのですが、これは映画「2001年宇宙の旅」からの引用だそうです。

音楽面も質が高かったです。初日組は夜の女王役を、欧米で活躍する森谷真理が歌い、完璧なコロラトゥーラと迫力の演技。またタミーノ役の鈴木准も格調高い歌と美しい舞台姿、そして軽やかな身のこなしで素敵でした。幸田浩子のパミーナは美しく、正確な音程と温か味のある声で真摯な愛を表現します。特にアリア「ああ、私にはわかる Ach, ich fühl’s」における叙情性は素晴らしかったです。そして、パパゲーノの黒田博。凄かったです。演技があんなに面白いのに、歌があんなに上手だなんて(笑)! 彼がいると舞台が輝いて見えました。

ザラストロの妻屋秀和は威厳ある舞台姿に低音の響きがさすがでした。モノスタトスの高橋淳は抜群の演技力で数多い登場場面を際立たせます。パパゲーナの九嶋香奈枝はとても可愛かったです。ド派手な衣裳の三人の侍女を歌った日比野幸、磯地美樹、石井藍、僧侶の高橋祐樹と栗原剛、武士の成田勝美、加藤宏隆も良かったです。三人の童子はTOKYO FM少年合唱団の男の子達でした。声、歌、演技の三拍子揃って素晴らし過ぎました(+それに可愛かった!!!)。

今回、大変印象に残った場面の一つにタミーノが最初に弁者と対話する場面があります。映写が作り出す不思議な空間も魅力的でしたが、弁者役を歌ったベテランの加賀清孝の歌に大きな説得力があったのもその理由だと思います。幕開けとエンディングの祖父役の演技も良かったです。

[7月16・19日組アルバム]


18日組も皆さん素晴らしかったです。特に芯の強いパミーナを演じた嘉目真木子、情熱的な音色の美声でタミーノを歌った金山京介が印象に残りました。三人の童子も初日組と甲乙つけがたい可愛さと優秀さでした。(こちらの組の一人はシンフォニーヒルズ少年少女合唱団所属。)

[7月18・20日組アルバム]


デイヴィスの指揮は的確なテンポで歌手達をしっかりサポート。音楽に推進力があり、読売日本交響楽団の響きもカッコ良かったです。合唱はやはり最後の場面が忘れられないです。彼らが客席の両側に降りて来て表情豊かに歌ってくれたことによって、このオペラが私たちにも関わる内容を持つことを、ひしひしと感じることができました。

終演後は大喝采と拍手が10分近くも続きました。平日の夜だった初日以外の3日間は完売だったそうで、この公演を多くの方が観る事が出来て良かったと思います。

最後の場面でザラストロは夜の女王を自分の方に優しく招いていました。彼らの間にはあの後、どのような会話が交わされたのでしょうか?人類を救うのは戦いではなく愛です。この演出を観て不思議な台本を持つこのオペラの、真のメッセージがやっと納得出来た気がしました。
(所見:7月16、18日)

文・井内美香 reported by Mika Inouchi / photograph : Naoko Nagasawa

東京二期会オペラ劇場《魔笛》
東京二期会オペラ劇場《魔笛》
7月18・20日

東京二期会

《魔笛》

リンツ州立劇場との共同制作公演オペラ全2幕
日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演

台本:エマヌエル・シカネーダー
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

会場:東京文化会館 大ホール
公演日:
2015年7月16日(木) 18:30
18日(土) 14:00
19日(日) 14:00
20日(月・祝) 14:00

指揮:デニス・ラッセル・デイヴィス
演出:宮本亜門

装置:ボリス・クドルチカ
衣裳:太田雅公
照明:マルク・ハインツ
映像:バルテック・マシス

ドラマトゥルク:ヴォルフガング・ヘンデラー(リンツ州立劇場)

振付:新海絵理子

キャスト:
ザラストロ:妻屋秀和(7/16・19)/大塚博章(7/18・20)
タミーノ:鈴木准(7/16・19)/金山京介(7/18・20)
弁者:加賀清孝(7/16・19)/鹿野由之(7/18・20)
僧侶I:高橋祐樹(7/16・19)/狩野賢一(7/18・20)
僧侶II:栗原剛(7/16・19)/升島唯博(7/18・20)
夜の女王:森谷真理(7/16・19)/髙橋維(7/18・20)
パミーナ:幸田浩子(7/16・19)/嘉目真木子(7/18・20)
侍女I:日比野幸(7/16・19)/北原瑠美(7/18・20)
侍女II:磯地美樹(7/16・19)/宮澤彩子(7/18・20)
侍女III:石井 藍(7/16・19)/遠藤千寿子(7/18・20)
パパゲーナ:九嶋香奈枝(7/16・19)/冨平安希子(7/18・20)
パパゲーノ:黒田博(7/16・19)/萩原潤(7/18・20)
モノスタトス:高橋淳(7/16・19)/青栁素晴(7/18・20)
武士I:成田勝美(7/16・19)/今尾滋(7/18・20)
武士II:加藤宏隆(7/16・19)/清水那由太(7/18・20)

ダンサー:鈴木裕香、津吉麻致子、泉真由、栗山昌輝、藤岡義樹、竹内勇貴

合唱:二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団

合唱指揮:大島義彰

音楽アシスタント:森内剛
演出助手:澤田康子、木川田直聡

字幕製作:岩下久美子

舞台監督:大仁田雅彦/飯田貴幸

公演監督:曽我榮子

主催: 公益財団法人東京二期会
共催: 公益財団法人読売日本交響楽団

後援: オーストリア大使館

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