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【公演レポート】圧巻の歌とバレエの一大歴史絵巻—ブルガリア国立歌劇場来日公演《イーゴリ公》

ブルガリア国立歌劇場来日公演、ボロディン《イーゴリ公》を観てきました。ボロディンの力強い美しさに溢れた素晴らしい音楽歴史絵巻です。今回は、オペラの最後に有名な〈ポロヴェツ(だったん)人の踊り〉を演奏するカルターロフ版の上演で、歌とバレエで大いに盛り上がりました!
© Naoko Nagasawa (OPERAexpress)_9773
ブルガリア国立歌劇場は2000年に初来日をして以来、今回が6回目の来日です。ソリストも歌劇場に所属する歌手が中心となる東欧圏に多いまとまりの良い雰囲気の劇場です。ブルガリアン・ヴォイスとして知られる声に恵まれたお国柄で、ドラマチックなイタリア・オペラや、ロシア・オペラを得意としており、今回も《トゥーランドット》とこの《イーゴリ公》を上演しました。

今回の《イーゴリ公》の特徴は、歌劇場の総裁でもある演出家のプラーメン・カルターロフが編んだカルターロフ版の上演です。ボロディンがほぼ18年の年月をかけて作曲し未完のまま亡くなった後、リムスキー=コルサコフとグラズノフがオーケストレーションと一部の作曲を補完して完成したこのオペラは、音楽が大変魅力的な反面、場面の取り扱いに色々な版や解釈があります。カルターロフ版の特徴は、全曲中もっとも有名な場面、普通なら第二幕の最後にある〈ポロヴェツ人の娘達の踊り〜ポロヴェツ人の踊り〉をオペラの最後に持って来た事です。旧来の上演では序曲、プロローグに加えて全四幕という構成が普通ですが、序曲、プロローグと第一幕までを前半とし、休憩後は第二幕の中で上記の部分以外と第三幕後半、そして第四幕をコンパクトにまとめて演奏しました。そして、他の版ではイーゴリ公とコンチャク汗の戦いの決着はつかないところを、カルタロフ版ではお互いの息子、娘の結婚をきっかけにコンチャク汗がイーゴリ公夫妻を宴に招き、そこでこの踊りが披露されて大団円、という結末になっています。

実際に舞台で観たところ、この版はかなり効果的でした。もともと《イーゴリ公》という題材をボロディンに提案したウラディーミル・スターソフ(ロシア五人組の名付け親)の書いたあらすじには、この物語の二年後にイーゴリ公の息子ウラディーミルとコンチャク汗の娘コンチャコーヴナの結婚式のエピソードが含まれていたそうで、それを舞台化する意図があったのかも知れません。最後にはイーゴリ公とコンチャク汗が地面に刺した剣を挟んで舞台中央に立ち、和平を誓います。

このエンディングに感激したのは同歌劇場のバレエ団が素晴らしかったからでもあります。最近はオペラの中のバレエ音楽の部分でクラシック・バレエを目にする機会がめっきり減ってしまいましたが、本来バレエはオペラの一部です。特にプリマ・バレリーナは美しく踊りも表現力があり最高でしたが、他のダンサーも皆良かったです。

舞台美術は屋外の風景を中心にロシア正教のイコンなどを取り入れたデザインでした。舞台奥に日蝕の暗示と同時にキリストの光輪を表す赤い大きな輪が映写され、場面によってはキリストの画像が大きく映し出されます。伝統的な衣裳も美しかったです。

グラズノフがボロディンの音楽を元に作曲した、金管が華やかな序曲を経てオペラが始まります。イーゴリ公のスタニスラフ・トリフォノフはロシアからの客演歌手とのことで美しいバリトンの声に知的な歌唱。ヤロスラーヴナのガブリエラ・ゲオルギエヴァはボリュームのある美声で夫を心配する妃の女らしさと気品を示し魅力的でした。ヤロスラーヴナの兄ガリツキー公のアレクサンダル・ノスィコフは声も良く芸達者、コンチャク汗のアンゲル・フリストフは美声のバス、コンチャコーヴナのツヴェタ・サランベルエヴァは妖艶な美女で声も良かったです。イーゴリ公の息子ヴラディミールのフリシミール・ダミャノフは澄んだ声のリリック・テノール。

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ブルガリア国立歌劇場の合唱団は声も良いですが演技力が抜群で、悪い義兄ガリツキー公の宴の場面など一人一人の動きが素晴らしかったです。年配の恰幅の良い団員さんが混じっているのも舞台に信憑性が出ていました。この宴の場面で活躍するグドーク弾きのスクーラとエローシュカという二人の脇役の歌手達、歌も演技も本当に良く、もっと歌って欲しかったです。こういう主役以外の歌手が充実していると公演に厚みが出ます。

オーケストラ・ピットは東京文化会館として最も深いところまで降ろしていたそうです。音楽的に良くまとまっていて、テンポは割と速めに感じました。ソロの管楽器なども歌心があり大変良かったです。

昨年、METライブ・ビューイングで観た《イーゴリ公》はグラズノフが書いた序曲をカットし、全曲の最後に(あまり演奏される機会の無かった)イーゴリ公のモノローグを入れる等、このオペラをイーゴリ公の苦悩を中心とした心理劇として上演していました。それも大変刺激的でしたが、今回のブルガリア国立歌劇場の上演はその反対にスペクタクル・オペラとしての魅力をフューチャーしたものだったと思います。どちらも有り得るからこそ、生のオペラの舞台は面白いです。カルターロフ版の《イーゴリ公》、大変楽しめる公演でした。
(所見:10月11日)

文・井内美香 reported by Mika Inouchi / photograph:Naoko Nagasawa
※写真は、GPのものです。一部の衣装・メイクなど、本番とは異なる場合があります。


ブルガリア国立歌劇場
Sofia National Opera
2015年10月11日(日)15時開演
東京文化会館
アレクサンドル・ボロディン

《イーゴリ公》

プラーメン・カルターロフ版/全2幕

音楽:アレクサンドル・ボロディン
台本:ウラディーミル・スターソフ

指揮:グリゴール・パリカロフ
演出:プラーメン・カルターロフ
演出助手:ヴェラ・ペトロヴァ
舞台美術:ボリス・ストヤノフ
衣装:スヴェトラ・カレイジエヴァ
振付:アセン・ガヴリロフ
舞台監督:ヴェラ・ベレーヴァ

出演:
イーゴリ公:スタニスラフ・トリフォノフ
ヤロスラーヴナ:ガブリエラ・ゲオルギエヴァ
ウラディミール・イーゴリヴィチ:フリシミール・ダミャノフ
ガリツキー公:アレクサンダル・ノスィコフ
コンチャク汗:アンゲル・フリストフ
コンチャコーヴナ:ツヴェタ・サランベリエヴァ
オヴルール:ミロスラフ・アンドレエフ
スクーラ:コスタディン・メチコフ
エローシュカ:プラーメン・パパジコフ
ヤロスラーヴナの乳母:ベトカ・ペトコワ
ポロヴェツ人のメイド:ブラゴヴェスタ・メッキ=ツヴェトコヴァ

ブルガリア国立歌劇場管弦楽団・合唱団・バレエ団

主催:ジャパン・アーツ、朝日新聞社

特別協賛:株式会社 明治
後援:ブルガリア共和国大使館

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