オペラ・エクスプレス

The opera of today from Tokyo, the hottest opera city in the world

ときに憧れを映す鏡。あるいは過酷な船旅を描き出す具象的な海。合唱とともにオペラの”世界”を創り出す大量のLED———METライブビューイング《遥かなる愛》

ときに憧れを映す鏡。あるいは過酷な船旅を描き出す具象的な海。合唱とともにオペラの”世界”を創り出す大量のLED———METライブビューイング《遥かなる愛》

映画館で本格的なオペラを気軽に低料金で楽しめる「METライブビューイング」、2017年最初の演目はカイヤ・サーリアホの最初のオペラ「遙かなる愛」だ。2000年にザルツブルク音楽祭で初演されたこの作品は、メトロポリタン・オペラにとっても特別な作品となった。「リング」でも好評だったロベール・ルパージュの演出、MET初登場となった近現代の作品に強いスザンナ・マルッキの指揮と、スタッフも充実した公演は、20世紀の最後に書かれたオペラが如何に美しいものだったかを世に知らしめるものとして音楽ファンの記憶に残っていくことだろう。

METで女性の作曲によるオペラが上演されるのはこれが二作目(しかも前回は100年以上も前の二本立て公演の片方だったという)、その作品が女性の指揮者によって上演されるのだから、昨年ニューヨークで行われたという一連のサーリアホ作品を取り上げたコンサートの中でも話題となったのは自然なことだ。
伝統的な舞台の概念にとらわれず現在のツールを駆使して美しい舞台を作り上げるルパージュは、この作品でもしかすると最も雄弁な存在である背景、「海」を大量のLEDを駆使して描き出す。ときに憧れを映す鏡として、また歌う二人の感情表現として、そして後半(第四幕)で過酷な船旅を描き出す具象的な海として明滅する光は合唱とともにオペラの”世界”を創り出した。
このオペラハウスにはデビューだけれど、かつてアンサンブル・アンテルコンタンポランで活躍し、現在はヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団を率いるモダン作品に強いマルッキの指揮に不足のあるはずもない。ドビュッシーやメシアンに通じる音楽の魅力を示すのに最適な人物だ。そして「ドクター・アトミック」「ニクソン・イン・チャイナ」などのアダムズ作品でその実力を示したように、モダンな作品に強いMETのオーケストラが洗練された響きでサーリアホ作品の美を楽しませてくれる。

この作品は十字軍に参加した実在のトゥルバドゥールと女伯爵の物語だ。二人が出逢わぬうちに育む愛は信仰に近いものにまで高じ、主人公ジョフレ・リュデルの十字軍参戦によって夢見られた二人の逢瀬はトリポリで成就する。しかしそのとき既にジョフレは病に冒されており、出会いはすぐに二人の愛の終わりへと変わってしまうのだ。
出演者はわずか三名と「コロス」として存在する合唱により、非常に静かなにドラマは展開する。巡礼者を”伝令”として言葉だけで互いの愛を感じ絆を強めていく二人以上に雄弁なのはオーケストラ、そしてルパージュが創り出した「光の海」だ。その示唆する感情、情景の中で静かに、しかし力強く愛を歌い上げたエリック・オーウェンズ(ジョフレ・リュデル)、スザンナ・フィリップス(女伯爵クレメンス)の熱演は実に印象深いものだ。特にも最終盤、ジョフレ・リュデルの死により愛が失われた怒りから?神的な問いを投げかけるフィリップスの歌唱は圧巻であった。そしてその二人を取り持つ形となる巡礼者を演じたタマラ・マムフォードの低音域の魅力的な声音はこのドラマに私たち聴衆を見事に導いてくれた。
舞台写真

”現代”の”オペラ”ともなれば自分とは縁のないものと思われる方も少なくないだろうと推察するけれど、METによるこのオペラ「遙かなる愛」は声に音に耳を澄ませ、美しい舞台を眺めることがそのまま最高の受け取り方となる、それは終演後の現地の観衆の反応が教えてくれるところだ。クラシックだオペラだとあまり構えずに劇場で体験することが、そのまま作品の真価を教えてくれる稀有な例となることだろう。この機会にジャンルを超えて多くの方がこの作品に、また他のオペラに触れてくれればと願わずにはいられない。

取材・文:千葉さとし reported by Satoshi Chiba


METライブビューイング《遥かなる愛》
上映期間:2017年1月21日(土)〜1月27日(金)

指揮:スザンナ・マルッキ
演出:ロベール・ルパージュ

出演:スザンナ・フィリップス、エリック・オーウェンズ、タマラ・マムフォード

上映時間:2時間51分(休憩1回)[ MET上演日 2016年12月10日 ]

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

CAPTCHA


COMMENT ON FACEBOOK

Return Top