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公演レビュー:新国立劇場《パルジファル》

公演レビュー:新国立劇場《パルジファル》
  • 仏教に救済を見出した《パルジファル》

新国立劇場の今シーズン開幕公演、ワーグナー《パルジファル》を観た。芸術監督が、昨年までの尾高忠明から飯守泰次郎に代わった最初の演目で、しかも本人の指揮ということで注目の初日であった。《パルジファル》が選ばれたのは、飯守がワーグナーのエキスパートであり、新国立劇場でもこれまで上演された事が無い作品だったことによる。

今回の上演は新国立劇場の新制作である。新制作と銘打っていても他劇場との共同制作ですでに現地では上演された舞台が再演されるケースも多いが、今回は新国立劇場で一から企画制作された演目でオープニングを飾る事が出来たのは大変貴重な事であり、またその成果は多大だった。

《パルジファル》はワーグナー自身が「舞台神聖祝祭劇」と名付け、バイロイト祝祭劇場でのみ上演されるように限定した作品である。その後は一般の劇場でも上演されるようになったが、この演目の上演には信仰とは何か?という問いが常につきまとう。それに伴い、様々な演出のアプローチが存在する事になる。

今回の上演の演出は巨匠ハリー・クプファーが担当した。厳粛な前奏曲からすでに舞台の幕は開き、音楽に合わせて暗い舞台奥から光の道が私たちに向かって流れ出して来る。ジグザグになった光の道は、様々な照明と映写で変化するだけでなく、いくつかの大きな部分に分かれ迫り機構で上下する。舞台の色調は濃いグレーに白。全三幕を通して同じ舞台装置であり、映写の色彩で変化をつける。そして重要な要素として巨大なナイフの切っ先のような物が舞台上手側に据え付けられ、それが「聖槍」と、時には時計の針のように時間の経過をも表し、登場人物達がその上で演じ、また聖杯(グラール)が据えられる場所となる。騎士団の聖杯城の場面に使用される丸天井に至る柱を描いた紗幕も効果的で、全体に美的感覚が研ぎすまされた豪華な舞台である。

しかし、肝心の演出が優れているかというと、残念ながらそうではない。クプファーは今回の演出の特徴としてキリスト教と仏教の融合を打ち出した。オペラの冒頭から、舞台奥にはオレンジ色の袈裟をかけた三人の仏僧がおり、パルジファルの魂の故郷が彼らの世界にある事が示される。そして最後には、パルジファルが自らもオレンジ色の袈裟を肩に、仏門に下るために歩いて行くのである。この解釈は信仰の象徴である「聖杯」と「聖槍」の価値を否定する事になり、《パルジファル》という作品に対する感動を削ぐ結果に終わった。またアムフォルタスが死に、クンドリーがグルネマンツとともにパルジファルに従う結末もワーグナー自身が書いたト書きに反しているし、反したからといって新しい希望を生む事にも成功していない。登場人物の動かし方はさすがに良く整理されていたと思うが、第一幕の「聖餐の儀式」で、聖槍の周りに合唱団を配する時など、音楽との調和を乱す動きが見られた。また装置に比べて衣裳が良くなく、特に花の乙女達の衣裳はまるでアニメのコスプレで、舞台美術ともワーグナーの音楽とも関係のない代物であった。

歌手では素晴らしかったのはクンドリー役のヘルリツィウス。それほど魅力のある音色の声ではないが、知的にコントロールされ、しかも情熱的な歌と演技であった。また、グルネマンツ役のトムリンソンは年齢による高音の衰えは隠せないが、良く鳴った時の声の迫力、存在感などが圧倒的でこのオペラの要としての役割を十二分に果たしていた。問題はパルジファル役のフランツ。もともとワーグナー歌手としてはリリックな声質なのだとは思うが、声の輝きがすでに褪せており、それを、声を音に当てる事によってカバーしようとするので聞き苦しい。また演技的にも不十分で、もっとも重要な「共に苦しむ」姿を描く事からは程遠いように感じた。アムフォルタスのシリンス、クリングゾールのボーク、ティトゥレルの長谷川、その他の歌手達はおおむね好演であった。

今回は第二幕のパルジファルと花の乙女達の場面は、六人の歌手達をピットに入れて歌に専念させ、舞台上の花の乙女達の動きは別の役者が演じる。衣裳は前述したように趣味が悪いが、官能的な音楽に良く合った美しい振付けであった。

飯守指揮の東フィルは今回の《パルジファル》上演で、グルネマンツのトムリソンと並んでもっとも作品の感動を伝えることに成功していた。飯守はワーグナーへの深い知識と信仰を持ち、それを現実に音にする術を知っている。スター指揮者としての派手さは無いが、ゆったりとしたテンポで歌とオーケストラの全てを良く支えていた。新国立劇場のピットには慣れている東フィルも、この特別な演目に相応しい音の溶け合いと迫力で、オペラを演奏するオーケストラとして質の高い出来映え。合唱には三澤洋史指揮の新国立劇場合唱団に二期会合唱団から男声が数名参加した。第一幕の後半の聖杯城への場面転換、そしてそれに続く聖杯の騎士達の合唱とオーケストラが一体化した場面は今回の上演の白眉であり、忘れられない世界を構築した。

観劇日:10月2日、8日

Opera review
by Mika Inouchi

ワーグナー《パルジファル》
<新制作>
スタッフ&キャスト
指揮:飯守泰次郎
演出:ハリー・クプファー
アムフォルタス:エギルス・シリンス
ティトゥレル:長谷川顯
グルネマンツ:ジョン・トムリンソン
パルジファル:クリスティアン・フランツ
クリングゾル:ロバート・ボーク
クンドリー:エヴェリン・ヘルリツィウス
第1・第2の聖杯騎士
村上公太 北川辰彦
4人の小姓
九嶋 香奈枝 國光ともこ 鈴木准 小原啓楼
花の乙女たち
三宅理恵 鵜木絵里 小野美咲 針生 美智子 小林沙羅 増田弥生
アルトソロ
池田香織
装置:ハンス・シャヴェルノッホ
衣裳:ヤン・タックス
照明:ユルゲン・ホフマン
映像:トーマス・ライマー
合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団、二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
芸術監督:飯守 泰次郎
主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場
公演日程:
10月2日(木) 16:00開演
10月5日(日) 14:00開演
10月8日(水) 14:00開演
10月11日(水) 14:00開演
10月14日(火) 16:00開演
新国立劇場 オペラパレス

パルジファル特設サイト(音が出ます)

COMMENTS & TRACKBACKS

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  1. By オペラ・エクスプレス

    この記事の中で、花の乙女達を演じる役者(助演)の方達の名前がプログラムに記載されていない、という記述は間違いでしたのでお詫びして訂正させていただきます。Facebookを通じて間違いを教えてくださった方にお礼申し上げます。(2014年10月11日編集済:井内美香)

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