サラリーマン、オペラ歌手?小説家?の
香盛(こうもり)修平です。
会社を一歩出ると、あるときは天井に逆さまにぶら下がりサラリーマン社会を俯瞰し、あるときはヨハン・シュトラウス「こうもり」ファルケよろしく、「オペラ」の楽しさを伝える仕掛人、案内役としてへたな文章を書いております。
「オペラ」に出会ってから数年経ったある日、オペラを観に劇場に足を運んだ。『オペラ』にはまりつつあった頃だった。前列にはロマンスグレーの長身で、高級そうなスーツを着た紳士と、二十歳代の女性。「オペラ」の虜になったものの、まだまだ知識のない私は、二人の会話に思わず聴き入ってしまった。紳士があまりにも悠然とし、オペラ通に見えたからだ。
紳士「『オペラ』初めてだったね」
女性「はい。こんな豪華な公演に招待してくださってありがとうございます。感激です」
紳士「今日の演目は有名だから、名前くらいは知っているよね?」
女性「はい。『カルメン』一度観たかったのです。チケット高いのにすいません」
紳士「そんなこと気にしなくていいよ。君が楽しんでくれたら。終わってからワインでも飲みに行きましょう」
女性「オペラのこと、お詳しいですね」
紳士「まあね。『カルメン』以外にも『椿姫』とかも有名ですよ。『オペラ』の後はやっぱりイタリアンがいいかな」
女性「他にもお薦めの作品ありますか?『オペラ』に凄く興味があるんです」
紳士「そうだな~。モーツァルトも有名だったかな……」
女性「モーツァルトも『オペラ』を作曲しているのですね!」
紳士「えーと。あれは確か……。そうそう!『霧笛』(むてき)だ。『霧笛』が有名ですよ」
女性「ありがとうございます。今度レコード店で探してみます」
その瞬間、私は椅子からずり落ちそうになった。『オペラ』は知らないより知っていた方が楽しい。どうせならば、紳士に代わって「『魔笛』(まてき)はいいですよ。そうですねベルイマンの映画で素敵な『魔笛』があります。今度DVDを貸してあげましょう」などと言えるといいですね。オペラ・エクスプレスを愛読いただければ、この紳士のようなことにならないはずです。
話が逸れてしまいました。こんな感じで、つまらない話も挟みながら『オペラ』の世界へと皆さまをご案内してまいります。では第一回の続編をお届けしましょう。
オペラで愛まSHOW!
■第二回 「接待オペラ?その2」■
オペラ『カルメン』の立ち稽古の日。私はフェルマータの形に集合した合唱団の半円の真ん中で、冷や汗が首筋を流れるのを感じていた。
『オペラ』なんて観たことも聴いたこともない。楽譜は中学を卒業して以来目にしたことが無い三十過ぎのサラリーマンが、突然オペラの稽古場に迷い込んでしまったのだから無理もない話だ。
演出助手の女性は、立ち尽くす私を見て、優しい笑みをみせながら口を開いた。
「香盛さんですね。フェルマータの点になってしまってますよ」
「あっ。すいません」
「今日から参加していただいた方ですよね。気にしないで。パートは?」
「パート?」
「声低いですよね?」
「普通くらいです」
「じゃあバリトンが少ないので歌ってください」
ということで私はバリトンなるものになった。その日の練習はまさに衝撃の連続だった。稽古場の真ん中に不自然な形に並べられていた椅子は、実は広場の真ん中にある噴水だった。私は兵隊ということになり、椅子いや、噴水に座らされた。ほんの数メートル前には指揮者がいる。演出助手がテキパキと合唱団に指示を出すと、いきなり指揮者が棒を振り下ろした。ピアノが鳴り出し、音楽とともに一斉にまわりのメンバーが動き出した。
演出助手はその合間を駆け巡って、細かく動きを指示していく。椅子に座って呆然としている私のところにも、演出助手はいつの間にかすっと近寄ってきてささやいた。「モラレスがもうすぐ横に来て歌い出しますから。香盛さんはとにかくたいくつな感じでまわりを眺めておいてください」
しばらくすると、稽古場に入ってくるときに廊下でふざけていた子どもたちが、なんと歌を歌いながら行進して近づいてくるではないか!しかも上手い。
モラレスとは?フェルマータとは?私のパートはバリトン?この子どもたちは?
私は混乱しながらも、開き直らざるを得なかった。隣で歌う合唱メンバーの歌を必死で聴きながら歌詞を憶え、なんとか真似をして歌うことにした。しかし誰にも聴こえないくらいの声で。
続く
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