オペラ・エクスプレス

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オペラで愛まSHOW!■第三回 「接待オペラ?その3」 ■

オペラで愛まSHOW!■第三回 「接待オペラ?その3」 ■

 サラリーマン、オペラ歌手?小説家?の

香盛(こうもり)修平です。

 会社を一歩出ると、あるときは天井に逆さまにぶら下がりサラリーマン社会を俯瞰し、あるときはヨハン・シュトラウス「こうもり」ファルケよろしく、「オペラ」の楽しさを伝える仕掛人、案内役としてへたな文章を書いております。

 「オペラ」は敷居が高いと思っている方にお薦めの一冊の本があります。残念ながら絶版になっているようで本屋には並んでいません。ヒュー・ビッカーズという方が書いた「珍談・奇談オペラとっておきの話」という本です。この本を読んで私は、「オペラ」が生の人間が作り出す芸術だということを理解し、遠い存在だったオペラ歌手が一気に身近な存在になりました。
 一流の歌い手、一流のスタッフが揃って綿密に練り上げられたからといって、必ず本番が成功するとは限りません。この本では実際に起こったハプニングの数々が紹介されています。
 思い出しただけで、顔が緩んでしまいます。何とか復刻版を出して欲しいものです。せっかくですから、この本の中にも書かれている、オペラ仲間の中では一番有名なエピソードを紹介しましょう!


 1960年ニューヨークシティセンターでプッチーニ「トスカ」が上演された。愛するカヴァラドッシを失った歌姫トスカは、聖アンジェロ城の城壁から身を投げる。時代に翻弄された男女の激情は悲しい結末を迎える。トスカはリハーサルと同じように「スカルピアよ!あの世で」と愛する人を奪った憎い男の名前を叫んで身を投げた。4フィート下にはマットレスがあり、大柄なソプラノを受けとめるはずだった。
 しかし、本番の時にはなぜかそこにトランポリンが置かれていた。幕が降りるまでにソプラノ歌手は15回上がったり下がったりしたという。ある時はあお向けになり、ある時はうつ伏せになって。ヒステリックに高笑いしていたかと思うと、次には大声で喚きちらしながら……。

 なぜトランポリンが置かれていたのか、単なる舞台スタッフの計算違いなのか、それとも歌い手と舞台関係者の感情のもつれが原因だったのか……。「オペラ」の舞台裏にも人間ドラマがあるのは当然のことです。偶然、必然も含めて、私自身も舞台では「いろいろやらかして」います。シリアスな演目を、なんとか無事に切り抜けたものの、一歩間違えば、奇術か、喜劇にしてしまいかねないという経験もしています。またこの連載の中で紹介させていただければと思います。

 またまた話が脱線しました。それでは「接待オペラ」の続きをお楽しみください。
オペラで愛まSHOW!

オペラで愛まSHOW!


■第三回 「接待オペラ?その3」■

 人生で経験したことのない冷や汗をかき、その日の練習は終了した。練習が終わるや否や、私はオペラに誘った得意先のサラリーマン氏にかみついた。

 「見学だけと思っていたのに、全然話が違うじゃないですか。私は楽譜も読めないのですよ。フェルマータとかなんとか言われても訳がわかりません。第一こんなに本格的な舞台だなんて思っていませんでした。どう見てもプロの団体じゃないですか。どうして私なんかに声をかけたのですか?」
 「ごめんなさい。でもそれらしく歌っていたじゃないですか。隣の人がテノールだとテノールを、バスだとバスを歌っていましたよね。必ず和音の中で歌っていたから才能ありますよ。香盛さんは身体も立派だし存在感あるから大丈夫ですよ」
 「テノールとかバスとか訳がわかりません。とにかく必死で隣の人の真似をしていただけです。私は合唱経験も無いし、とても練習についていけそうにありません。周りの人はみんな暗譜で歌っているし、子供たちが歌いながら行進してきたときには度胆を抜かれましたよ。あの子たちは何者なのですか?やっぱり私には無理です。他の人に頼んでくださいよ」
 「そう言わずに。そうだ、来週一度仕事帰りに私の家に来てください。音とりしてあげますから。何か録音できるもの持っていますか?何度も聴けば楽譜読めなくても大丈夫ですから。香盛さんに断られたら大変なことになります。なんとか助けてください。実は合唱メンバーはとっくに決まっていて、すでにみんな音楽練習を重ねてきているのです。だから歌えて当然です。実は、立ち稽古が始まる直前になって、演出家から女声に比べて、男声合唱の人数が少ないことを聞いてクレームがつき、立ち稽古までに男声を増やさなければ場合によっては演出を降りるとまで言われてしまったのです。私はサラリーマンですが、夜はオペラ歌手の研修所に通っていて今回合唱団のまとめ役を任されたのです。だから急遽お願いしたというわけで」
 「えっ……。そういう事情だったのですか」

 頭は錯乱していたが、大きな営業案件を控えて、得意先のキーマンと親しくなれるチャンスであるのは確かだった。訳が分からないままに演技をし、歌を歌ったことで「オペラ」に少し興味がわいたのか、純粋に営業マンとしての判断だったのか、自分でもわからなかったが、音とりに自宅に伺う約束をしてしまった。

 休み明け会社に行って上司に報告すると、上司は笑いを押し殺しながら真面目な顔を作り「そりゃあ大変だったね。でも、いい人生経験になるよ。お客様のお困りごとを解決する。まさに接待オペラだね。我ながらうまく言ったものだ。実に愉快だ」と、人の心配や困惑を取り合ってくれる気配はなく、上機嫌でテンションをあげていた。

続く

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