オペラ・エクスプレス

The opera of today from Tokyo, the hottest opera city in the world

宮澤賢治生誕120周年記念・オペラシアターこんにゃく座の新作オペラ《グスコーブドリの伝記》世界初演—賢治の言葉を美しく響かせる寺嶋陸也の音楽

宮澤賢治生誕120周年記念・オペラシアターこんにゃく座の新作オペラ《グスコーブドリの伝記》世界初演—賢治の言葉を美しく響かせる寺嶋陸也の音楽

オペラシアターこんにゃく座の公演《グスコーブドリの伝記》を観てきました。宮澤賢治生誕120周年を記念した新作オペラの世界初演です。寺嶋陸也の音楽が素晴らしい!心揺さぶられる舞台でした。

《グスコーブドリの伝記》は宮澤賢治自身を色濃く投影した童話だと言われています。岩手県をモチーフにしたイーハトーブという土地に起こる物語で、森の中に住む樵夫妻の息子グスコーブドリ(以下ブドリ)が主人公です。ブドリは冷害による飢饉で両親を失い、妹ネリとも生き別れになり、様々な経験をして必死に生きていくうちに気候や農業について学び火山局で働くようになります。そして彼が27歳になった時に、10歳の時に経験したあの恐ろしい寒さが再びやってきて… というストーリーです。

こんにゃく座はこれまでも宮澤賢治の作品をたくさんオペラにして上演してきました。その中でもエポック的作品が1986年に初演された林光作曲の《セロ弾きのゴーシュ》です。その時にピアノを弾いていたのが寺嶋陸也でした。その後も寺嶋のピアニストとしてのこんにゃく座への出演は続きましたが、四人の作曲家が共作した2007年の《まっぷたつの子爵》を除けば、こんにゃく座が彼にオペラ作曲を委嘱したのはこれが初めてだそうです。

《グスコーブドリの伝記》の原作は童話ですが、飢饉、子供の辛い仕事、農業、火山などがテーマとなる独特な雰囲気を持つ作品です。賢治が人生において、もっとも関心を寄せていた事柄が描かれています。

オペラは全一幕、約1時間20分の作品です。台本と演出はしままなぶ。宮澤賢治と同じ岩手の出身です。オペラは賢治が部屋で一生懸命物書きをしている場面から始まります。彼のトランクの中から、さまざまな字(童話の登場人物の名前などが大きく書かれた衣裳を着た役者たち)が飛び出して来て、賢治の部屋の中で歩き回りながら台詞を話しだします。そして賢治/ブドリ役の佐藤久司と妹ネリ役の沖まどかが、ブドリとネリの棒使い人形を手にして、グスコーブドリの物語が始まります。

舞台には木目をそのまま見せた素材で台が作られており、この台は曲線でカットされたいくつかのパーツで出来ているのですが、それを歌役者達が組み立てて場面転換をしていきます。この装置は地震のシーンなど動きのある場面では特に効果的でした。また、風変わりな学者クーボー博士が乗る飛行船なども歌役者達が何人か電車ごっこのようにつながり博士を肩車して運んだりと、変化のある舞台を作り上げました。しままなぶの台本は賢治独特の詩情あふれる言葉をほぼそのまま台詞として使っていましたが、唯一、大人になったブドリが妹ネリと再会する場面でネリに東北弁でおしゃべりをさせて、ぱっと花が咲いたような楽しい空気を作り出していました。衣裳を含めた舞台美術の色彩や形には、無駄なものを排除した美的センスが光りました。

オペラ『グスコーブドリの伝記』
写真:青木司

今回の上演で感動したのが寺嶋の音楽でした。楽器はピアノとクラリネットを使用しています。歌の旋律は基本的には言葉の抑揚に沿ったものですが、ピアノの響きがクリスタルのような煌めきを持って対置されているので音楽全体が暗くなりません。クラリネットの歌うメロディもとても美しかったです。その一方ではこの二つの楽器は状況描写にも巧みで、火山の異変を表す場面などは迫力満点でした。

寺嶋の音楽は一人一人の登場人物が歌う時にも魅力的なのですが、驚いたのは重唱の見事さです。重唱でも言葉ははっきり聴き取れ、声部の違いによるえも言われぬハーモニーが醸し出され素晴らしいの一言でした。

歌役者たちもとても良かったです。今回は特に声が美しく聴こえました。言葉は本当に自然でよく聴き取れて嬉しいです。こんにゃく座の看板役者大石哲史がペンネン技師役で出演していましたが、今年2月に甲状腺の手術をしたとのことで、たしかに声は完全に回復していないようでしたが、役柄の誠実さがひしひしと伝わる素晴らしい演唱でした。次に印象的だったのはクーボー大博士を演じた岡原真弓です。クーボー博士を女性が演じるのはとても良いアイディアだと思いました。それも岡原の演技力があってこそでしょう。

ブドリ役は佐藤久司。まっすぐな眼差しと声がブドリの真面目さによく合っていました。ネリの沖まどかは良く通る美声が魅力です。富山直人の赤ひげの主人は温かい人柄を好演、おかみさんの花島春枝は歌が良かったです。高野うるおのてぐす飼いの男は台詞回しが巧み。壹岐隆邦の目の鋭い男は不気味な雰囲気が良く出ていたと思います。かぷかぷの飯野薫、のんのんのんの小林ゆず子も歌に演技に大活躍でした。

クラリネットの草刈麻紀、ピアノの斎木ユリは楽器奏者として一流なだけでなく、歌や芝居ともしっかりリンクした最高の演奏でした。

《グスコーブドリの伝記》の最後は、ブドリの自己犠牲を暗示して終わります。静かにほとんどあっけない感じで終わってしまう音楽に、ブドリの人生が問いかけるものを感じました。カタルシスが無いところが良かったです。

今回の東京公演は5日間で7公演。初日前に全日完売だったそうです。初日のお客さん達は盛大な拍手を贈り、出演者たちは何度も舞台に呼び返されました。しままなぶと寺嶋陸也も舞台に上がりカーテンコールを受けます。そしてこんにゃく座音楽監督の萩京子がいつものように挨拶をして初日は大成功のうちに終わりとなりました。

(所見:2016年9月14日)

文・井内美香 reported by Mika Inouchi


オペラシアターこんにゃく座公演
《グスコーブドリの伝記》全一幕
俳優座劇場
2016年9月14日(水)から18日(日)

原作:宮澤賢治
台本・演出:しままなぶ
作曲:寺嶋陸也

美術・衣裳:乘峯雅寛
照明:竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)
舞台監督:井関景太
音楽監督:萩京子
宣伝美術:ミロコマチコ(画)/片山中藏(デザイン)
出演
大石哲史:父、ペンネンナーム技師、ブンブンゴンゴン
岡原真弓:母、クーボー博士、ぺかぺか
富山直人:赤ひげの主人、グララアガア
花島春枝:おかみさん、ポシャポシャ
高野うるお:てぐす飼いの男、となりの沼ばたけの主人、ツイツイツイツイ
佐藤久司:賢治、グスコーブドリ
沖まどか:ネリ、もにゃもにゃ
壹岐隆邦:目の鋭い男、おじいさん、シュッポォン
飯野薫:かぷかぷ
小林ゆず子:のんのんのん

草刈麻紀:クラリネット
斎木ユリ:ピアノ

主催・制作:オペラシアターこんにゃく座

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

CAPTCHA


COMMENT ON FACEBOOK

Return Top