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「絶望」は「祈りと鎮魂」に昇華したのだろうか。 細川俊夫の『嘆き』によせて。―――シャルル・デュトワ指揮 NHK交響楽団2017横浜定期演奏会

「絶望」は「祈りと鎮魂」に昇華したのだろうか。 細川俊夫の『嘆き』によせて。―――シャルル・デュトワ指揮 NHK交響楽団2017横浜定期演奏会

 12月16日、みなとみらいホールのNHK交響楽団定期演奏会に出かけた。
指揮はシャルル・デュトワ、ソリストとしてアンナ・プロハスカを迎え、『ハイドンの交響曲85番「王妃」』、細川俊夫の『ソプラノとオーケストラのための「嘆き」〜ゲオルグ・トラークルの詩による』、そしてメンデルスゾーン『交響曲第3番 スコットランド』と言うプログラム。これは第1875回 定期公演 Bプログラムと同じで13日、14日とサントリーホールでの演奏があり、翌17日はいわき市で同じプログラムによる演奏会が行われている。

 第1曲目のハイドン。この85番の交響曲はパリ交響曲と呼ばれる一連の曲群(82番から87番まで)の中でもっともチャーミングな曲といってもいいかもしれない。
 第1楽章、主音であるB♭のフォルテシモで始まるアダージオ、主題が流れるように奏でられるヴィヴァーチェ、そして第2楽章の歌うような軽くステップを踏観ながら歌うようなロマンス、そして、ちょっとテンポを上げたメヌエット、ひょっとするとこのロマンスとメヌエットに時の王妃マリー・アントワネットは魅了されたのではと想像する楽章である。そしてプレストの終楽章、デュトワの指揮は,このチャーミングな音楽の魅力を見事に引き出していた。

 そして、休憩なく,舞台上の移動が終わると第2曲目細川俊夫の『嘆き』が始まった。おそらく今回のプログラムの目玉はこの『嘆き』なのだろう。
 2013年のザルツブルグ音楽祭の委嘱作品であり、この日と同じデュトワ指揮のN響、そしてソプラノ独唱も同じくアンナ・プロハスカで演奏された作品である。
 2011年3月11日の東日本大震災、そして激しく陸地を蹂躙した津波、それに飲み込まれる人びと、この惨状の衝撃から,細川は一連の作品を生み出している。そして、その中間点に位置するとも言えるものがおそらくこの『嘆き〈Klage〉』なのだろう。やがてその思いはオペラ『海、静かな海〈Stilles Meer〉』へと至る。そしてこの作品のタイトルともなっているゲオルグ・トラークルによる1913年に書かれた「嘆き〈Klage〉」、そこでは、陰鬱な渦巻く波と底に沈みゆく妹〈Schwestern〉への想いが交錯する。トラークルの詩における妹は文字通りの妹なのだろう(トラークルとこの実妹との関係は非常に微妙なものがあったようで、トラークルの死後、数年を経ずして妹は自殺をする)が、そこに細川は,津波の中で激しい波の中に沈んだ多くの魂を重ね合わせたのかもしれない。
 さて、音楽である。低いE♭を主音とする和音から始まり,打楽器群と時に震わせながらそれに重なりゆく弦の激しいユニゾン、そこにかなさるトラークルによる手紙の朗詠から時にその歌は高音域に飛調する。そして静寂を打ち破るような打楽器の連打から一転して凪を迎えた波のような中から同じくトラークルによる詩「嘆き」がうたわれる。激しく渦巻くオーケストラの中で,時には高く,そして飛調するように歌われる「嘆き」、最後に、それらの激しさを打ち消すように静かなハープのアルペジオのあとに、小さく鐘がならされ、深い悲しみの中で音楽は終わる。
 激しく渦巻く「絶望」に、はたして救いがもたらされたのであろうか。むしろ余りに深い「祈り」と鎮魂の重みという想いにかられた。
 多分、この曲は,独唱者に大変な負担を強いるのだろう。中1日を明けての連続演奏というのは,条件としていかがなのものか。やはり初日に聴くべきであったのかもしれない。しかし演奏総体としてみれば,それは十分堪能できるもの。

 第3曲目がメンデルスゾーン。休憩を挟んで,始まったこの曲であるが,出だしのAndante con motoの序奏部は2曲目の重い想いを引きずるかのように、そしてスコットランドの鬱とした空のように重く始まった。しかし、Allegro un poco agitato に替わり、第Ⅰ主題が提示されるとオーケストラはその想いを払拭するように軽やかに歌い始めた。第1楽章の中で若干のユニゾンの乱れがあったように思ったが、後は、楽章の間には切れ目なくattaccaで一気に終楽章まで進んだ。デュトワの指揮は、時に軽やかで,少しの遊び心を持ちながら、この曲の魅力を十分に引き出していたように思う。聴き終わった後、余韻と満足感を覚えるものであった。

Text:Takashi SOIRI

撮影:藤本史昭
シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団2017横浜定期演奏会
2017年12月16日(土)14時
横浜みなとみらいホール 大ホール

◆出演者◆
シャルル・デュトワ(指揮)
アンナ・プロハスカ(ソプラノ)
NHK交響楽団

◆プログラム◆
ハイドン:交響曲 第85番 変ロ長調 Hob.Ⅰ-85 「女王」
細川俊夫:嘆き(2013) *ソプラノ:アンナ・プロハスカ
メンデルスゾーン:交響曲 第3番 イ短調 作品56「スコットランド」

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