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リゴレットの孤独が際立つ演出に心打たれる―HAMA project 第二回本公演 ≪リゴレット≫ 3月23日(土)

リゴレットの孤独が際立つ演出に心打たれる―HAMA project 第二回本公演 ≪リゴレット≫ 3月23日(土)

「学生・若手演奏家が中心となったオペラ作り」「小さな劇場ならではの舞台表現」を理念としたプロアマ混合の企画として一昨年から始動したHAMA project(通称:はまぷろ)は、指揮に新国立劇場主催オペラ公演副指揮者の濱本広洋氏を迎え、年2回の公演を軸に活動しています。

今回の公演は、東高円寺駅から徒歩数分の場所にあるセシオン杉並で行われました。

ホールに入ると客席はほぼ埋まっており、公演への関心の高さが伺えます。
観客の年齢層は比較的若く、オペラの観賞は初めてだと話している方も。

幕が上がるまでの時間を、活気と期待に満ちた雰囲気の中で過ごします。

開演ベルが鳴り、照明が落ちると、まずは序曲です。
「リゴレット」全幕を通じて象徴的に示されるテーマが、冒頭はトランペットの音で奏されます。どの楽器も良い音で鳴っており、とてもエネルギッシュなオーケストラ(演奏/はまぷろ管弦楽団)の音です(指揮/濱本広洋)。

下りたままの幕の前に、男女二人の姿が見えます。

道化服を着た男性がリゴレット(伊藤薫)、白いワンピース姿の女性(にひらりさ)はリゴレットの妻です。二人は仲睦まじく寄り添って立っています。
リゴレットがエメラルドグリーンの肩掛けを妻に着せようとしますが、彼女はふと遠くを見やると、そのまま立ち去ってしまいます。
取り残されて一人ぽつりと佇むリゴレット。

序曲が終わり、幕が上がると一幕が始まります。

舞台のセットは高低差のある少し変わったものです。客席に対して左斜めを向いて配置されており、下手が一番高く、次いで上手、こちらには玉座と思しき椅子が置いてあり、マントヴァ公爵(藤原拓実)が腰かけています。中央手前に舞踏会の人々、中央奥にはバンダの演奏隊と指揮者が上手を向いて置かれおり、奥行きを感じさせます。

舞踏会の喧騒の中、マントヴァ公爵とその廷臣ボルサ(高橋拓真)が悪い相談の真っ最中です。好色なマントヴァ公は、気に入った女性をとっかえひっかえしています。
マントヴァ公役の藤原さんは堂に入った演技で、役柄らしく甘いテノールの美声、ボルサは艶のあるはきはきとした歌声です。

そんな中、廷臣マルッロ(松島孝)が仕入れた噂話を始めます。
「どうやらあのせむしのリゴレットに愛人がいるらしい…」
ここでの合唱は響きが良いだけでなく、人々のざわめく様子が上手く落としこまれており、非常に素晴らしいものでした。

脇役である廷臣二人のキャラクターもそれぞれ際立つ存在感があり、序盤を彩ります。

やがてリゴレットが悪だくみに加わり、マントヴァ公が目を付けたチェプラーノ伯爵夫人(近藤はるか)を手に入れるにはチェプラーノ伯爵(正木剛徳)の首を刎ねてしまえばいいとそそのかします。
短い出番ではありましたが、チェプラーノ夫人のたおやかな様子やチェプラーノ伯のきりっとした歌声が印象的なシーンでした。

そうしているうちに、怒れる人がまた一人現れます。
娘を慰みものにされたモンテローネ伯爵(山田和司)です。低く艶のある声で恨みを言いますが、またもリゴレットは場を茶化し、モンテローネを馬鹿にし続けます。
モンテローネは自分を笑い物にしたリゴレットに呪いの言葉を吐き、その場を去っていきます。

この時受けた呪いをリゴレットは始終気にし、恐れることになります。

ここでは舞台のやや奥にいるバンダと指揮者の姿が、照明の加減でシルエットとなって浮き上がる場面があり、美しく印象的です。

舞台装置への工夫で引き立つ、悲劇の予感

場面が変わり、「あのじじい、俺を呪いやがった」と一人ごちるリゴレットのもとに、殺し屋のスパラフチーレ(奥秋大樹)が現れます。
奥秋さんもまた良く通る美声の持ち主。中規模とはいえ、広さのあるホールですので通る声には自然と耳が引きつけられます。

ここでは一旦幕が下りその前で物語が進んでいましたが、セットを排した分、二人の演技が浮き上がり、迫力を伴って客席に届きます。ハリのある声がお二人とも素晴らしかったです。

「さて、ご用ができたらいつでもどうぞ」と食い下がるスパラフチーレをあしらい、リゴレットは最愛の娘ジルダ(小原明美)の待つ家へ向かいます。

マルッロが噂していた愛人というのは、実際はジルダの事だったのです。

ジルダは序曲のシーンで使用されていたエメラルドグリーンの肩掛けを自らの衣服にアレンジしています。
これは母の形見を娘が着ているというオリジナルの演出だということで、冒頭のシーンが繋がってジルダのキャラクターに立体感を与えています。

このシーンでは、舞台下手側に斜めに向いたセットがうまく使われていました。

リゴレットの家の扉が中央に置かれ、舞台中央~上手側の明るい室内に対して下手側の屋外は高さのあるセットの影になるよう配置されており、照明でさらにその対比が強調されています。
屋外にいる人物たちの暗い目論見と、室内のジルダとリゴレットの温かい心のふれあいが視覚的にもより落差を持って示され、この後の悲劇を匂わせているように感じました。

美しい娘をマントヴァ公から守るためか、リゴレットは町に出てみたいと頼むジルダに教会以外の外出を頑なに許しません。
ここでの二重唱は息のぴったり合ったもので、オーケストラの豊かな響きもあいまって、親子の心通う様子が美しく描き出されていました。

また、女中のジョヴァンナ(鞘脇みなみ)の家事をてきぱきとこなすシーンは、ただ従順というわけではないこのキャラクターを端的に表していると感じました。
短い出番ではありましたが、歌声も美しく印象的です。

リゴレットが娘の存在を用心深く隠していたにもかかわらず、マントヴァ公にその存在がばれてしまい、身分を隠して近づく公爵とジルダはあっという間に恋に落ちます。

その後、公爵の動きを知らない廷臣たちの手によってジルダがさらわれてしまう際、リゴレットも騙されて誘拐に一役買わされてしまうのですが、廷臣たちの「群れ」としての存在感が面白く、物語に観客をより強く引き込んでいました。

リゴレットの演技が光る二幕

二幕はマントヴァ公がジルダの行方不明を嘆くシーンから始まります。
そこへ廷臣たちがわらわらとマントヴァを囲み、ジルダをさらったことを報告します。合唱はオーケストラとのバランスも良く、リズムがとても小気味よく聞こえてきます。

マントヴァ公が戸惑うジルダの手をつかみそそくさと姿を消すと、入れ替わりに焦燥した様子のリゴレットがふらふらと廷臣たちの前にあらわれます。

ここでは伊藤さんの半身を引きずるような所作が出色です。
体を歪ませながら怒り威嚇し、最後には哀れさを訴え懇願するこのリゴレットの姿は、いびつな圧を持って客席まで届きます。

さらにはリゴレットのみにスポットを当て、他の演者の動きを止める、ストップモーションを用いており、リゴレットの訴えが誰にも届いていないということが、この場面ではより強く感じられました。

セットの一番高い位置から、まるで啓示のように公爵への恨みと呪いの言葉を吐くモンテローネの声が降ってきます。
嘆き悲しむ娘をよそに、リゴレットは復讐を誓うのでした。

儚く散るジルダが美しい終盤

終盤では、まず第三幕になって登場するスパラフチーレの妹、マッダレーナ(依光ひなの)の安定した響きの歌声と演技が素晴らしかったです。

ここでは現実を見せようとするリゴレットと、マントヴァの不誠実な心を知って絶望するジルダ、マッダレーナに言い寄るマントヴァ公とマッダレーナの四重唱が一つのハイライトですが、歌手とオーケストラの熱が一番高まりを見せ、観客を引き込んでいたように思います。
時には登場人物の激情を表現する役割を持つオーケストラですが、その威力が十二分に発揮されていたと感じます。

復讐に燃えるリゴレット、酷い目に遭わされてもなおマントヴァへの思慕を抑えることができないジルダ、殺しの仕事を全うしようとするスパラフチーレ、それを止めたいマッダレーナ…それぞれの思惑が交差し、物語は悲劇の結末へとひた走ります。

雷光が照明で効果的に表現され、また雷鳴のフルートが見事な音色です。

ラストシーン、マントヴァの身代りに刺され瀕死のジルダは、リゴレットの胸の中ではなく、舞台セットの高台に霊的な存在かのように現れ、混乱し嘆くリゴレットにひたすら愛を語りかけ続けます。

小原さんの囁くような歌声がとても澄んでいて、覚悟の死を迎えようといているジルダの崇高な美しさが胸を打ちました。

ジルダはそっと舞台から姿を消し、冒頭と同じようにリゴレットが一人、取り残されます。

リゴレットの境遇、そしてその孤独が観客の胸に刻まれ、舞台は幕を下ろしました。

取材・文:オペラ・エクスプレス編集部
撮影:伊藤大地、奥山茂亮

HAMA project 第二回本公演
G.ヴェルディ
歌劇≪リゴレット≫
全幕イタリア語上演/日本語字幕付き日時 2019年3月23日(土)15:30開場/16:00開演
会場 セシオン杉並ホール
入場料 1500円(全席自由/割引あり)

指揮 濱本広洋
演出 吉野良祐
ドラマツルグ 伊藤薫

音楽
はまぷろ管弦楽団(Con.Mas 中谷奏)
はまぷろ合唱団

制作
舞台美術 嵜山明音
大道具 原虎太郎
舞台監督 相馬巧
衣装 横山由佳/相川治奈/神村理湖/諌山俊之
音響 藤原高士
字幕 志茂将太朗
グラフィックデザイン 上野綾夏
プログラム 相馬巧
演出助手 にひらりさ
演出補佐 京河音衣/眞壁謙太郎/中村早希/森愛月

- Cast -
【リゴレット】 伊藤薫
【ジルダ】 小原明実
【マントヴァ公爵】 藤原拓実
【スパラフチーレ】 奥秋大樹
【マッダレーナ】 依光ひなの
【モンテローネ伯爵】 山田和司
【ジョヴァンナ】 鞘脇みなみ
【ボルサ】 高橋拓真
【マルッロ】 松島孝
【チェプラーノ伯爵】 正木剛徳
【チェプラーノ伯爵夫人/小姓】 近藤はるか

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