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若い男女の愛のすれ違いを描く、チャイコフスキーの傑作《エフゲニー・オネーギン》が、セイジ・オザワ 松本フェスティバルで上演

若い男女の愛のすれ違いを描く、チャイコフスキーの傑作《エフゲニー・オネーギン》が、セイジ・オザワ 松本フェスティバルで上演

セイジ・オザワ 松本フェスティバルで、チャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》が上演されました。サイトウ・キネン・オーケストラが出演するオペラ公演は2015年以来。指揮はこれまで同音楽祭への出演も多く、小澤征爾の信頼厚いファビオ・ルイージでした。

当初オネーギン役に予定されていたマリウス・クヴィエチェンが怪我で来日できなくなり、代わりのオネーギン役にはレヴァント・バキルチが発表されていました。ところが来日したバキルチも不調であったらしく、蓋を開けてみると3回公演のうち初日と最終日を、日本人の若手バリトン歌手大西宇宙が歌い、大役を立派につとめて大きな注目を集めました!

セイジ・オザワ 松本フェスティバル《エフゲニー・オネーギン》より
セイジ・オザワ 松本フェスティバル《エフゲニー・オネーギン》より

ロシアの国民的詩人プーシキンの小説を原作にした《エフゲニー・オネーギン》は、チャイコフスキーが作曲したオペラの中でもっとも人気があります。ロシアの田舎とサンクトペテルブルクを舞台に若い男女の愛のすれ違いを描いた物語が、チャイコフスキーの溢れ出る旋律と甘美なオーケストレーションによってオペラの傑作となっています。

今回の松本のプロダクションは1997年にメトロポリタン歌劇場(MET)で初演されたロバート・カーセンの演出です。METや他の歌劇場で再演を重ねた名舞台。オネーギンの心理に焦点を当て、彼の回想という全体を通しての枠組みの中で物語が進行します。舞台一面には落葉が敷き詰められ、タチヤーナの寝室も落葉に囲まれています。田舎の舞踏会と大都会の貴族社会の違いを様々な形の椅子で表現したり、第三幕冒頭にあるポロネーズの音楽をオネーギンの衣装替えの場面として使うなど、心理表現を中心にした美しく優れた演出です。


筆者は2回目公演の22日と最終日24日を観劇しました。トルコ出身のバキルチも知的で憂鬱なオネーギン像が良かったですが、大西が歌った3回目公演のオネーギンが大変魅力的で良かったです。第一幕、オネーギンが赤い上着の乗馬服を着て登場しますが、大西が上手奥から登場すると容姿と歩き方だけでも華がありました。声にも艶と力強さがあり、また若々しさとシニカルな態度がうまくミックスされて説得力のある人物を造形していました。

タチヤーナのアンナ・ネチャーエヴァはロシアでもこの役を当たり役にしており、黒髪の容姿も声も役にぴったりで良かったです。手紙の場もていねいに歌っており、第三幕の最後オネーギンを拒絶する場面では声の迫力も十分でした。レンスキーはパオロ・ファナーレ。メガネに田園風の服装は都会派のオネーギンと良い一対を成しており、歌もエレガント。特に第二幕のアリア「我が青春はどこへ去ってしまったのか」はじっくりと歌い上げて叙情的な素晴らしい歌唱でした。グレーミン公爵はアレクサンダー・ヴィノグラドフ。深々とした美声でアリア「いかなる年齢も恋には従順なもの」を非常にゆったりとしたテンポで歌い上げます。オリガのリンゼイ・アンマンはふっくらした美女でちょっと食いしん坊という設定が可愛かったです。ラーリナ夫人のドリス・ランプレヒトと乳母フィリーピエヴナのラリッサ・ディアトコーヴァはベテランらしく安定の演技。ディアトコーヴァは豊かな声も素晴らしかったです。

サイトウ・キネン・オーケストラは、ルイージの指揮で圧倒的な音楽を聴かせました。木管楽器、金管楽器などのソロ・パートが全て最高水準(特にホルンとティンパニーは鮮やかでした)であるだけでなく、弦の各パートがボーイングの力強さ、旋律の歌い方、いずれもスーパー・オーケストラの呼び名に恥じぬ出来栄えで聴きほれました。

それに加えてこのオペラに初めて取り組んだというルイージの音楽づくりも大変質の高いものでした。冷静で全体のバランスが絶妙なのに、一方では情熱的に切り込んでいき大変迫力があります。主人公たちの心情の吐露、タチヤーナの手紙の場面の最後にオーケストラがトゥッティで入ってくるところの激しさ、また第三幕後半のタチヤーナとオネーギンの別れの二重唱での求心力などは心に響きました。またカーセン演出との相性も良く、第二幕の決闘でレンスキーを倒した後のオネーギンが第三幕のポロネーズの音楽に乗って衣服を整える場面は、華やかな音楽の陰にある空虚さを拡大したような解釈に感銘を受けました。

セイジ・オザワ 松本フェスティバル《エフゲニー・オネーギン》より
セイジ・オザワ 松本フェスティバル《エフゲニー・オネーギン》より

最後に、東京オペラシンガーズが受け持った合唱も素晴らしかったです。男女が輪になって踊りながら、あるいは女性合唱が舞台を埋め尽くす枯葉を箒で履いてきれいな円を作りながら、そして幅広い演技を見せながら、しっかりと整った活き活きとした歌で舞台を盛り上げました。

立派な大劇場は、ほぼ満員に見えました。最終公演は観客の反応も特に熱く、拍手とブラヴォーの声がいつまでも続いていました。

文・井内美香 reported by Mika Inouchi / photo : Naoko Nagasawa (写真は8月20日公演から)

セイジ・オザワ 松本フェスティバル
チャイコフスキー:エフゲニー・オネーギン

2019年8月20日(火)開演 18:30
2019年8月22日(木)開演 15:00
2019年8月24日(土)開演 15:00

まつもと市民芸術館・主ホール

出演             
エフゲニー・オネーギン:レヴァント・バキルチ(8/22)/大西宇宙(8/20,24)
タチヤーナ:アンナ・ネチャーエヴァ
レンスキー:パオロ・ファナーレ
オリガ:リンゼイ・アンマン
グレーミン公爵:アレクサンダー・ヴィノグラドフ
ラーリナ夫人:ドリス・ランプレヒト
フィリーピエヴナ:ラリッサ・ディアトコーヴァ
トリケ:キース・ジェイムソン
隊長、ザレツキー:デイヴィッド・ソアー

合唱:東京オペラシンガーズ
ダンサー:東京シティ・バレエ団

演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ

指揮:ファビオ・ルイージ
演出:ロバート・カーセン
再演演出:ピーター・マクリントック
装置・衣装:マイケル・レヴァイン
オリジナル照明デザイン:ジャン・カルマン
照明:クリスティーヌ・ビンダー
合唱指揮:マルコヴァレリオ・マルレッタ
振付:セルジュ・ベナタン
(カナディアン・オペラ・カンパニー所有のプロダクションを使用)

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