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【オペラ暦】—4月12日—“世紀のバス”シャリアピン、死去

【4月12日】“世紀のバス”シャリアピン、死去

⚫️1867年、オフェンバック(ジャック・1819-80)のオペレッタ『ジェロルスタイン女大公殿下』が、パリのヴァリエテ劇場で初演。日本でも浅草オペラ時代は『ブン大将』として親しまれていました。大公妃殿下という訳もありますが、この場合は、女性の大公という意味で大公妃ではないようです。
⚫️1826年、ドイツ国民歌劇の創始者でもあるヴェーバー(カルル・マリーア・フォン・1786-1826)が、イギリスに招かれ、英語による『オベロン、妖精の王』がロンドンのコヴェント・ガーデンで作曲者自身の指揮により初演されました。この作品を上演した後にロンドンで客死しますが、ワーグナーの尽力で遺骸はドレスデンに改葬されています。
⚫️1930年、チェコの作曲家ヤナーチェク(レオシュ・1854-1928)が、『死の家より』をブルーノ国民劇場で初演しています。ドストエフスキーの『死の家の記録』を3幕のオペラにしたものです。
⚫️1933年、スペインの名ソプラノ、カバリエ(モンセラート・1933-)がバルセロナで生まれています。とくにベル・カント・オペラで彼女の真骨頂を発揮します。
⚫️1938年、“世紀のテノール”が、カルーソーなら、“世紀のバス”といえば、シャリアピン(フェードル・1873-)でしょう。その彼がパリで亡くなっています。ボリス・ゴドゥノフも圧巻でしたが、「蚤の歌」などの小品にも味がありました。
⚫️オペラというと、どうしても音楽が中心に語られることが多いですが、最近はやっと台本へも目が向けられるようになりました。その結果、劇詩人として数多くの作曲家に題材を提供したメタスタージオ(ピエトロ・1698-)の名も再評価されています。ウィーン宮廷詩人として君臨した彼は、1782年、同地で没しています。


新井 巌(あらい・いわお)
iwao
1943年、東京に生まれる。レコード会社を経て広告界に転じ、コピーライターとして活躍。東京コピーライターズクラブ会員。中学生の頃からクラシック音楽にひたり、NHKイタリア歌劇団の『アンドレア・シェニエ』日本初演を観劇したことが自慢の種。フェニーチェ劇場焼失の際には、再建募金友の会を主宰し、現在は「フェニーチェ劇場友の会」代表。日比谷図書文化館で「オペラ塾」を定期的に開催している。オペラ公演プログラムの編集にも携わっている。

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