オペラ・エクスプレス

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オペラで愛まSHOW!■第6回 「接待オペラ?その6」 ■

オペラで愛まSHOW!■第6回 「接待オペラ?その6」 ■

 サラリーマン、オペラ歌手?小説家?の

香盛(こうもり)修平です。

 会社を一歩出ると、あるときは天井に逆さまにぶら下がりサラリーマン社会を俯瞰し、あるときはヨハン・シュトラウス「こうもり」ファルケよろしく、「オペラ」の楽しさを伝える仕掛人、案内役としてへたな文章を書いております。

 ヒュー・ビッカーズという方が書いた「珍談・奇談オペラとっておきの話」をご紹介させていたたぎ、その後私自身の舞台エピソードも書かせていただきました。今回は、私がオペラ歌手って凄いなと気づかされたエピソードをご紹介します。

 オペラ歌手には長年の訓練によって磨き上げられた美声、舞台人としての演技力、存在感が要求されます。しかし、どれ程素晴らしい歌い手であっても、ある作業を経なければ舞台に立つことはできません。それは「暗譜」という地味な作業です。作品によっては三時間を超えるオペラですので、主役クラスともなれば「暗譜」すべき言葉の量はかなりのものです。凡人の私などは、とにかく念仏のようになんども唱え、忘却曲線と闘いながら本番に向けて準備するのですが、次々と本番をこなすプロの声楽家の方は、どうやら別のアプローチで「暗譜」しているようです。
 

「香盛修平は見た!」

 メノッティ作曲「泥棒とオールドミス」(日本語訳詞)というオペラでの出来事。本番直前になって、ボブというメインキャストが交替することになりました。予定していた歌い手の体調不良によるものです。生身の人間がやっているのですからあり得る話です。しかしあまりにも時間がありません。制作スタッフは天を仰ぎ、舞台にかかわっているメンバーも動揺しています。前日になって、原語上演ではあるが過去にボブ役を歌ったことがあるというバリトン歌手のスケジュールが空いていることがわかりました。
 経験豊かなバリトン歌手であっても一日で歌詞、演出を頭に入れるのは簡単なことではありません。いつも陽気な方でしたが、さすがに緊張感に表情をこわばらせて練習会場に登場されました。
 スタッフから楽譜を渡され、演出家が演技の流れを説明します。その後バリトン歌手は楽譜を持って部屋にこもりました。数時間後、部屋から出てきたバリトン歌手は、心配するスタッフに「大丈夫です。入りました」と宣言。全員がほっと胸をなでおろしました。
 いよいよ本番。さすが実力者です。突然の代役とは思えない素晴らしい歌唱でぐいぐいお客様を惹き込んでいきます。いよいよフィナーレ。ほとんどのスタッフもお客様も気がつかないプチ事件が発生しました。
 「泥棒とオールドミス」というオペラはへんてこな話です。オールドミスの住む家に、浮浪者のボブが現れます。そのころ街では「凶悪な泥棒が逃げ込んだ」と大騒ぎになっています。
 オールドミスはボブがてっきりその泥棒だと信じこんでしまいます。しかし、素敵な胸をした男らしさにうっとりとなり、ボブの虜になっていきます。オールドミスはまた旅に出ようとするボブに美味しい食事や酒を与えて家にとどまらせようとします。やがで、ボブを喜ばせるお金が無くなってオールドミスは泥棒をしてしまいます。
 最後には、本当は泥棒でないボブが、女中のレティーシャと共にオールドミスの家から金目のものを盗んで二人で逃亡していきます。
 なぜか主要人物全員が泥棒になってしまうというお話です。話の展開だけ聞けば吉本新喜劇でもありそうな話ですね。
 フィナーレでボブとレティーシャは家の中の高価なものを盗み出します。そのシーンを舞台そでで聴いていた私は耳を疑いました。ボブはなんと「毛布(もうふ)」を盗んだのです。

 舞台が終わってから、ボブ役のバリトン歌手に話しかけました。

 警官役の香盛 「も・・・もしかして・・・毛布(もうふ)を盗みませんでした?」
 バリトン歌手 「ハハハ!読み間違えちゃったよ。毛布(もうふ)じゃなくて毛皮(けがわ)を盗まないといけなかったのに」

 そうだったのか!これがうわさに聞く写真的記憶術に違いない。楽譜が映像として記憶されているから、読み間違えるということが起こりうる。うーむ。


 いつもながら話がそれてしまいました。それでは「接待オペラ」の続きをお楽しみください。オペラで愛まSHOW!⑥

オペラで愛まSHOW!


■第6回 「接待オペラ?その6」■

 私は二幕でカルメンと絡む兵隊役に指名された。
 真面目なサラリーマンとして「常識的」に生きてきた。趣味と言えば中学から社会人二年目までやっていたテニス。さわやかな汗をかきながらボールをひたすら追いかけた。
 そんな私の頭の中は、演出家の一言によって人生において記憶にない大混乱状態となった。顔は赤らみ、首筋に冷たい汗がながれ、心臓の位置が脳の近くまで移動してきたように感じ、稽古場でいる人たちがなぜか望遠レンズで見ているように一人一人の表情がみえた。私を見つめる多くの瞳の奥にはいろいろな感情がチラつき、困惑し立ちすくんでいる私を観察しているように思えた。
 演出はこうだ。二幕酒場では煙草の煙、喧噪のなかで男女が絡み合いながら酒を飲んでいる。私は舞台上手前でメルセデスの背後から抱きつき、胸をもんでいる。その後椅子に座って別の女性を膝の上にのせて酒をあおっている。
 舞台上で踊っていたカルメンと目が合う。ひきよせられるように舞台上へ。二人は向かい合う。お互いの目をみつめたままゆっくりと二人で円を描くように一周する。スカートの裾を右手でとり押し倒す。右の耳にキス、左の耳にキス。その瞬間背中をつかまれる。あっ!スニガ隊長だ。ここは悲しい縦社会。すごすごと舞台からおりてまた別の女を探す。
 「あり得なーい。こんな恥ずかしいことできるわけがない」と心の中では叫んでいるが稽古場の張りつめた雰囲気ではそんなことを口にできるはずもなかった。

 それから数分後、演技なので実際にキスをするわけではないが、オペラとは無縁の世界にいた男からほんの数センチのところに、美しいオペラ歌手の顔が確かに存在していた。

 練習の後、ソリスト、合唱で公演の成功を願って夜の街に繰り出した。カルメン役の女性もその中にいた。仕事の後の同僚と愚痴ばっかり言っている飲み会とは違う夢の世界。興奮気味に多弁となっている自分がそこにいた。

 ポケットに花は入っておらず、本人もまだ気づいていなかったが、その時点でサラリーマン香盛修平はすでにカルメンの罠に、そして、オペラの罠にはまっていたのかもしれない。

続く

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