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清新なアプローチで紡ぐブルックナー、大地を揺るがすロシア音楽―新日本フィル・4月公演レポート

清新なアプローチで紡ぐブルックナー、大地を揺るがすロシア音楽―新日本フィル・4月公演レポート

4月に行われた新日本フィルの演奏会のうち、横浜みなとみらいホールで行われた「サファイア」、本拠地すみだトリフォニーホールで行われた「トパーズ」の2公演を聴いた。以下でその模様をレポートしたい。

サントリーホールでの「ジェイド」シリーズの公演より音楽監督・上岡敏之指揮の演目を集めた「サファイア」シリーズ。ホールが変わり、聴衆が変わることでまったく新たな音楽が創造される。今回選ばれた曲目は、モーツァルト「ピアノf協奏曲第24番」とブルックナー「交響曲第6番」。モーツァルトで独奏を弾いたのは、上岡×新日本フィルとの共演もお馴染みとなりつつあるフランスの名花アンヌ・ケフェレックだ。これまでも繊細なタッチと音色感覚でわれわれを魅了してきた彼女だが、今回も味わい深い演奏を聴かせた。清冽なケフェレックの独奏を慈しむように、指揮者とオーケストラが繊細に反応する。この三者、共演を重ねるにつれ音楽的密度が高まっていることが演奏からも如実に聴きとれた。例えば、彼女の左手とオケのコントラバスが呼応して推進力を生み、軽やかな右手は木管と歌を交わす。彼らが行っているのは、鋭いリズムの応酬とは真逆の、しかし瞬間ごとの細やかな連携に依った協奏曲演奏なのだ―次の共演はいつだろう、と楽しみになる。お得意のアンコールもしみじみと美しい。
後半のブルックナーは、「第5番」「第7番」と霊峰のような大作に挟まれた「第6番」。プログラムによれば、今回上岡が採ったのは、音楽学者・作曲家のヨーゼフ・ヴェナンティウス・フォン・ヴェス編纂による版(1927年出版)とのこと。ロベルト・ハース校訂の旧全集版が1935年の出版であるから、よくブルックナー演奏で話題になるハース版・ノヴァーク版の相違の前段階の問題というわけだ。今回の演奏はヴェス編纂版を完全に遵守したわけではないようだが、フレーズの移行における強弱が均され、パウゼも時折挿入されるなど、局全体の印象を一変させた。第4楽章コーダにおける第1楽章第1主題回帰に加えられるティンパニ(第1楽章のリズムを強打する)は特に驚きを伴う箇所だ。上岡らしい響きへの強い拘りが活きたのは第2楽章結尾の最弱音で、遺作となった「第9番」のように幽く楽章を閉じる。オーケストラは楽譜の細かな違い、指揮者の妥協なき音楽の研磨にやや苦しみつつも、最大限健闘した。ブルックナーの後には同じ調性によるモーツァルトの名作が演奏され、演奏会は爽快に締め括られた。

月末の「トパーズ」は大ヴァイオリニスト、レオニード・コーガンの子息パヴェル・コーガンが登場。協奏曲は置かず、指揮者とオーケストラの密接な作業を満喫できる管弦楽曲を4品並べたプログラムで勝負した。冒頭のボロディン「イーゴリ公」ポロヴェッツ人の踊り(イーゴリ公の踊り)はかなりのハイテンポで始まり、その中で新日本フィルの木管が軽やかに歌う。ティンパニの猛打が導く管弦楽のトゥッティには土俗的な力が漲っている。続くグラズノフ「演奏会用ワルツ第1番」はその熱気を冷ますように歌われる。主部・中間部共に物憂げな表情を湛えた美しい小品で、ひた押しに押すだけではないコーガンの腕が発揮された。前半を締め括るチャイコフスキー「スラヴ行進曲」では、地を踏みしめるような無骨な低音にどこか懐かしい薫りが漂う。ロシアというよりも、ソヴィエト時代の音楽芸術が新日本フィルから聴こえてきたように思え、感銘深かった。対旋律の丁寧な抽出も両立される。後半のムソルグスキー(ラヴェル編)「展覧会の絵」も、ラヴェル編曲の洗練・典雅な表情というよりは、野太い原色の響きが印象的だ。勿論それだけではなく、強弱の起伏をはじめ細かな技も随所で光る。冒頭のトランペット・ソロを吹いたのは首席奏者の伊藤駿。明晰な拍節感と輝かしい音色で演奏を力強く率いた。「バーバ・ヤガー」以降は一段とオケ全体の響きの重心が下がり、端正さをかなぐり捨てて豪快な終結を築いた。しかし際のところで音色が粗くならないあたり、現在のNJPの好調ぶりを示すだろう。コーガンの棒は必ずしも明晰ではなく、乱れもあったが―オケの力感を強靭に引き出すという点では大いに成功していた。

筆者は聴くことができなかったが、「ルビー」シリーズでは北欧のヴェテランであるオッコ・カムが客演、NJP首席奏者・白尾彰を独奏に迎えたニールセン「フルート協奏曲」、十八番であるシベリウス「交響曲第2番」で気を吐いたという。多彩なプログラムを披露する新日本フィルの今後に、引き続き注目したい。

写真提供:新日本フィルハーモニー交響楽団 Photos by New Japan Philharmonic
文:平岡拓也 Reported by Takuya Hiraoka

新日本フィルハーモニー交響楽団 #6 特別演奏会サファイア<横浜みなとみらいシリーズ>
2018年4月22日(日)
横浜みなとみらいホール 大ホール

モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番
~ソリスト・アンコール~
ヘンデル(ケンプ編曲):メヌエット ト短調

ブルックナー:交響曲第6番(ヴェス編纂版)
~アンコール~
モーツァルト:交響曲第29番より 第4楽章

指揮:上岡敏之
ピアノ:アンヌ・ケフェレック
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙


新日本フィルハーモニー交響楽団 第588回定期演奏会
2018年4月28日(土)
すみだトリフォニーホール 大ホール

ボロディン:歌劇「イーゴリ公」より ポロヴェッツ人の踊り
グラズノフ:演奏会用ワルツ第1番
チャイコフスキー:スラヴ行進曲

ムソルグスキー(ラヴェル編曲):組曲「展覧会の絵」

指揮:パヴェル・コーガン
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙

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