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ノット音楽監督から、シーズン4への熱いプレゼンテーション!———東京交響楽団 2017年度シーズンラインナップ

ノット音楽監督から、シーズン4への熱いプレゼンテーション!———東京交響楽団 2017年度シーズンラインナップ

2016年10月11日、ミューザ川崎シンフォニーホールのステージを会場としてジョナサン・ノット&東京交響楽団『シーズン4』 2017/2018年シーズンラインナップ記者会見が多くの報道陣、そして聴衆として熱心に東響を支えるサポーターを招いて開催された。ジョナサン・ノット音楽監督の長期契約更新の初年度、そして創立70周年記念イヴェントの中でも頂点となるだろう欧州ツアーへの壮行会としての意味合いもあって注目を集めた会見ではオーケストラから、そしてジョナサン・ノットから熱いメッセージが発信された。
福田紀彦川崎市長からのメッセージ、大野順二東京交響楽団専務理事・楽団長からの挨拶に続いて行われた、ジョナサン・ノット音楽監督からの、シーズン4への熱いプレゼンテーションを紹介しよう。


●音楽作りについて

今日はようこそお越しくださいました。昨晩は第4シーズンについてお話するためにプログラムを見直して、「こんなことも計画したか」「こんな素晴らしい作品を取りあげるのか」とと驚いたりしましていた(笑)。
では、まずここでの音楽づくりについてお話したいと思います。私は、本物の音楽作りは即興性の中にあると考えています。演奏者と聴衆との、今そのときにしかない特別な時間、その時にできる演奏を大事にしたいのです。だからリハーサルと演奏会では同じことをしようとは思わないし、実際できないでしょう。もちろん演奏のコンセプトや方向性はリハーサルで作り上げたます、ですがその上で演奏会ではリスクを取って表現をより深く、個人的で、自由なものにしたい。演奏のたびに私たちが違うように、コンサートごとに聴衆の反応も変わります。それは我々の表現が皆さんに伝わっているからなのではないでしょうか。

●欧州ツアーについて

私は以前から、ぜひ東京交響楽団とツアーを行いたいと考えていました。オーケストラが行う国際的なツアーには、三つの重要なポイントがあると思います。
まず、ツアーの際にオーケストラが集団として同じ行動をとることは、メンバー同士を音楽的にも、社会的な集団としてもより強く結びつけてくれるのです。
そして二つ目は、特に私個人にとってですが、同じプログラムを繰返し演奏できることが重要です。いつでも演奏会のために創り上げた演奏を、100回でも演奏したいと思っているのですから!(笑)繰返し演奏することで、表現をより深めていくことができるのは本当に喜ばしいことです。
最後に、音楽は言葉では通じ合えない人間同士をも結びつけることができるものだ、ということを音楽家が体感できる貴重な機会だからです。ツアーでは、言葉が通じない経験とともに音楽によって交流できるという認識が同時に訪れ、それは音楽家一人ひとりに「自分は何故音楽家になろうと思ったのか」という原点に立ち戻って考えさせることになります。また、音楽を通じて、音楽を言葉では十分交流できないかもしれない聴衆と共有することで個々人を、引いては世界をも変えることができる、その意味で音楽家は世界大使になれると思っているのです。

●プログラムについて

では来シーズンのプログラムについてお話しましょう。素晴らしい作品、プログラムが並んでいて私自身も見直して圧倒される思いでしたが、今日は私が指揮する六つの演奏会についてお話します。
一つの作品の中にも”旅”が、ストーリーがあり、作品を集めて編んだプログラム全体にもそれがあります。これらの演奏会を経験することで、私とオーケストラは互いに理解を深めていけるでしょう。将来的には一人の作曲家によるプログラム、たとえばベートーヴェンやマーラー、R.シュトラウスなども取り上げたいとは思いますが、いまはテーマを考えていろいろな作曲家の作品を組合せてプログラムを提示したいですね。

(1) 5月定期&川崎定期
ブルックナーの第五番という素晴らしい作品を取り上げます。この作品を初めて聴いたときにはまったくいいと思わなかったのですが、そんなはずはないと考えてスコアを読みました。たしかにこの作品は長いし、そして複雑に構成された難しい作品ですが、非常に美しい。モーツァルトと並べるとそれぞれの個性が際立つでしょう。

(2) 7月定期&川崎定期
素晴らしい東響コーラスとともにマーラーの交響曲第二番を演奏します。ブルックナーと同様、マーラーの作品もそれ自体がひとつの長い”旅”のようなものですが、今回はその前に現代日本を代表する作曲家、細川俊夫の作品を演奏します。

(3) 10月定期
このプログラムでは、以前から重要だと考えている新ウィーン楽派の作品の作品から、シェーンベルクの大規模な変奏曲、Op.31を演奏するとまず決めました。この作品は1928年の作品ですが、ラヴェルの「ボレロ」も同年の作なのです。まったく性格の異なる二作品ですが、これを並べると”変奏曲”というテーマができあがります。
シェーンベルクの作品は多くの技法、アイディアが盛り込まれた豊かな作品ですが、無調だから聴きやすいとは言えません。そこで変奏曲の音列に用いられたバッハの名による音形(註:B-A-C-Hを音名として)を用いたリストの変奏曲を冒頭に置くことで、よりシェーンベルクを楽しんでもらえると思います。そこにラフマニノフを加えて「変奏曲」の一夜はできあがりです。

(4) 12月定期&新潟定期
先ほどのコンサートが「変奏曲の一夜」なら、リゲティのホルン協奏曲(「ハンブルク協奏曲」)ではじまるこのコンサートは「ホルンの一夜」ということになるでしょうか。
先だってBBCミュージック・マガジンのアンケートで「音楽史上もっとも重要な作品」を問われて、私が選んだのがベートーヴェンの交響曲第三番です。彼の作品の中でも最もモダンでスリリングで、興奮させられる作品でしょう。第三番でこれまでの交響曲の三倍も長い、そして三本のホルンが活躍します。”三づくし”の作品ですが、(聖なる三位一体ではなく)民主主義的なあり方に近い作品だと考えています。
そしてホルン協奏曲を取り上げるリゲティは知的な作曲家ですね、どの作品も明瞭なコンセプト、アイディアを持つ、どの作品にも魂を感じさせる、現代の音楽に親しんでもらうための導入には最適な作曲家ではないでしょうか。
このホルンに焦点を当てたプログラムにもう一曲、と考えた時にシューマンを選びました。今回はジャーマン・ホルンサウンドというホルン四重奏を招き、彼らとはリゲティとシューマンで共演します。

(5) 10月オペラシティ定期
古典派作品を集めたプログラムです。ここで演奏するハイドンの第八六番とモーツァルトの第三九番の交響曲は作曲時期が一年半しか隔たっていない、ほぼ同時期の作曲ですから二人の作曲家の特徴も聴き比べていただけますし、どのように交響曲というものが作られてきたのかがうかがえるでしょう。
(※モーツァルト・マチネではハイドンは演奏されません)

(6) 5月オペラシティ定期
バートウィッスルの「パニック」がプロムスで初演されたときにはスキャンダルになったものです、冒険的で斬新な手法による作品ですから。サクソフォン、ドラムが活躍するこの作品とともに、サクソフォンを活用した音楽として、バーナード・ハーマンによる映画「タクシー・ドライバー」のための音楽を持ってきました。
そしてベートーヴェンの第八番は、大好きなのですがプログラムに上手く入れにくい作品でもあります。
個人的なことですが、なぜか自分の中でこの作品は東京と結びついています。かつて東京に滞在していたある夜、深夜の二時すぎに目が覚めてしまって仕方がないから勉強でもしようかと思い立った時に選んだのがこの曲でした。録音も持っていたはず、と探して聴きはじめて終楽章までくるころにはすっかり興奮してしまって、スコアを探して勉強していたら朝になっていました(笑)。この作品は人間であることの喜びが表現された作品だと感じています。

最後になりますが、今日会見に来てくださった皆さん、そしてコンサートにいらっしゃる皆さんに感謝を申し上げます。皆さまからの反応で私たちの演奏、プログラムを楽しんでくださっていることが伝わり、そんな経験を重ねるごとに日本での、今回上でのコンサートが心地よくなっています。これからもよろしくお願いします。

いかがだろうか、今シーズンも公演を重ねるごとに関係が深まりより親密な演奏を繰り広げるジョナサン・ノットと東京交響楽団のシーズン4、そしてその先の未来がますます楽しみになったのは私だけではないだろう。
東京交響楽団2017シーズン
ジョナサン・ノットからのプログラム解題に続いて、ノット監督とともに東響の刺激的で魅力的なプログラムを作り上げている辻敏・事務室長からノットの言葉を裏打ちするような示唆が多く与えられたことも興味深い。一例をあげれば、昨年11月に披露された「リゲティのメトロノームのための作品に始まりショスタコーヴィチに終わるプログラム」は彼独自の興味深い演奏会となったが、このプログラムについて興味深い裏話が披露された。あのコンサートで演奏された交響曲第一五番か、もしくは第一〇番とどちらかを今回の欧州ツアーで演奏する候補と考えていたのだ、という。けっきょくは第一〇番がツアー曲目となったのはご存知のとおりだが、その前にまずはコンサートでショスタコーヴィチを演奏しておこう、そんなつもりもあって昨年のプログラミングはなされていたのだという。これはあくまでも一例で、彼らのプログラミングは一つの演奏会で完結するものではなく、ときには数年のスパンで組合せを考えているのだという。
そういった趣向と配慮あるプログラミングは、ノット監督がその着想を熱心に説いてくれた新シーズンの「変奏曲」プログラムについても同様だが、「私たちはいろいろと考えてプログラムを編むけれど、演奏を聴いて何を感じるのも皆さんの自由です、それぞれに楽しんでほしい」とも辻氏は語る。即興性を語るマエストロ、そして聴衆の自由を語る辻氏のコンビは、これからもよく考え抜かれた興味深いプログラムで私たちを楽しませてくれることだろう。

また、シーズンのノット監督以外のプログラムについては豊山覚・企画制作本部長から紹介された。まず、来シーズンは数々の公演で印象的な合唱を聴かせてきた東響コーラスが創設30年を迎えることに言及し、9公演に登場することを紹介し、また来シーズンも数々の日本初演を行うことを紹介した。桂冠指揮者の二人を除くとノット監督と同世代のマエストロが揃った定期演奏会について、また名曲全集や新潟定期演奏会など、各地でそれぞれのプログラミングで興味深い演奏会が行われることにも触れた。

川崎、東京、そして新潟各地で2017/2018シーズンも興味深い演奏会が行われることだろう、とこの日出席した誰もが思ったことだろうけれど、シーズン全体の公演についてここで全てを書ききることは難しい。幸い、現在は東京交響楽団の公式サイトでコンサート情報が掲載されているので、詳しくはリンク先でご確認いただければと思う。

コンサート情報2017/18 Season
年間パンフレット2017/2018シーズン(pdf)


この日、最後に行われた質疑応答で”東京交響楽団という”日本のオーケストラの特色”を問われてジョナサン・ノットはこう語った。

「メンバーのスキルは非常に高いし、どんな演奏をしようと試みてもついてきてくれます。リハーサルで私が奏者の誰かに作品の構造を示せば、他のメンバーもそれを理解して自発的に演奏が変わっていくようになり、アンサンブル意識も高まっています。
課題をあげるなら、すでに一番目の声部はもう十分に大きい声で主張していますから、これからは第二、第三の声部がもっと主張してくれれば、と思います。具体的には中低音域がより充実したサウンドになるように求めていますし、その方向に向かっていると感じています。今すでに発揮されているリズムへの鋭敏なセンス、そして何よりメンバー全員が準備して演奏会に臨んでくれる現在に、さらに”自由”を持ち込めればよりいい音楽が作れるだろう、そう確信しています。」

この日のジョナサン・ノットの言葉からは、ツアーを前にしていたからだろうか、端々に”旅”が意識されていたように感じられた。これから行う欧州ツアー、プログラミングから見える旅、そして一つの作品の中にある旅。それらをひとつずつ、毎回を大切に重ねてきたノット&東響の旅は最初の共演からもう5年となる。この日登壇した諸氏から語られた数々の言葉は、その旅の最初の頂点のひとつとなるだろう欧州ツアーの成功と、来るべきシーズン4の充実を確信させるものだった。あとは”旅”の無事を祈るのみ、である。


この日、会見冒頭に大野順二・楽団長はノット監督への愛を存分に語り、その上で団としてもっとノット監督の要求に応えられるようになりたい、と現在の好調(に感じられる)数々の演奏会から考えると意外にも思える、向上心の塊と評したくなるような言葉が連続していたことを思い出す。あらかじめ打合せたわけでもないだろうに、マエストロともども東京交響楽団の現在と未来について存分に語ってくれたわけで、図らずも現在のマエストロと楽団の相思相愛ぶりが示された会見となった。シーズン3もいよいよ佳境を迎えるノット&東響の旅は、来シーズンから契約更新の新年度を迎えてこの先10年続く、長い道のりだ。今からでも遅いということはない、ぜひ一人でも多くの音楽ファンに、この旅路を共にしてほしいと思いを強くした会見だった。

取材・文:千葉さとし reported by Satoshi Chiba / photo: Naoko Nagasawa

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