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【リハーサルレポート】2021年の日本でしか味わえない、オペラdeミルフィーユの《コジ・ファン・トゥッテ》

【リハーサルレポート】2021年の日本でしか味わえない、オペラdeミルフィーユの《コジ・ファン・トゥッテ》

モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》は、オペラ・ファンの中ではどういう位置付けの作品だろうか。ダ・ポンテの台本による3部作の一つであるメジャー作品?その中では《フィガロの結婚》《ドン・ジョヴァンニ》に比べると上演頻度が低め?――人によって、いろいろな捉え方があるだろう。だが、これだけは間違いない。2月27日に上演されるオペラdeミルフィーユ旗揚げ公演の《コジ・ファン・トゥッテ》は、これまで誰も目にしたことがない上演になる!先日千葉某所で行われたリハーサルを取材して筆者はそう確信した。この記事ではリハーサルの模様、続いて「オペラdeミルフィーユ」という団体についてお伝えしていく。

和気藹々とした稽古で舞台が形作られていく

オーケストラ(弦楽アンサンブル+ピアノ)と歌手が初めて合流して舞台を通す稽古を取材しての印象だが、全編息をつく暇もなくドラマが展開する。そしてとにかく笑える。もはやオペレッタでは?というほど、抱腹絶倒の2時間半になるだろう。演出の設定は当日のお楽しみだが、「病院」というキーワードを念頭に置いていただければと思う(下記写真でも明らかだ)。そして、2021年現在の日本に生きる我々が観てなんの違和感もない舞台が展開される。かなり「ブッ込んだ」ネタもてんこ盛りだ。しかし、そうした大胆な翻案を取り入れつつも、あくまで音楽はモーツァルトそのものの美しさや愉しさを純粋に感じられる仕上がりだ―こう書くと、音楽とドラマの運びが乖離してしまうのでは?と思われる方もいるかもしれない。しかしそこは、数々の作品が持つ普遍的な魅力をえぐり出してきた大山大輔(台本)×太田麻衣子(演出)の鉄壁コンビである。日本語の台詞と原語歌唱による音楽を見事に融け合わせた舞台で魅せてくれるだろう。筆者も20代であるが、是非今回は若い聴衆に観てほしいと強く思う。肌感覚でこの作品の面白さを感じ取れること請け合いだ。
当日は通し稽古の終了後、オーケストラだけの「返し」(修正点の伝達と実践)、歌の「返し」、更に演出の太田麻衣子から細部に至る修正点の連絡が続いた。長時間に及んだ稽古であったが、その様子は非常に和気藹々としており、カンパニーが一つになって作品を作り上げていくという気概に溢れていた。器楽と歌の演奏家は通常のオペラ制作だと若干距離があることが多いが、それも感じない。現場の雰囲気は、きわめて良好だ。

デスピーナ(髙橋愛梨)&(ドン・アルフォンソ(大山大輔)。この写真が意味するものとは…?)

さて、ここまでリハーサルの模様をお伝えしてきたが、そもそもこの「オペラdeミルフィーユ」という団体とは?という疑問をお持ちの方も少なくないだろう。そこで、団体について、また今回の上演に寄せる熱意を制作の立場から大いに語ってもらった。(カッコ内は筆者注)

オペラdeミルフィーユの旗揚げ

髙橋愛梨(デスピーナ役/代表)

髙橋愛梨(デスピーナ役/代表)
©Ryo Chin

(オペラdeミルフィーユが基盤を置いている)千葉県はオーケストラ文化が盛んで、私も千葉県少年少女オーケストラでコントラバスを弾いていました。声楽の世界に入った後も、地元の演奏家と声楽家を繋げたいと考えていたことが背景にあります。また、音大の学部の時に最初に観た作品が《コジ・ファン・トゥッテ》でした。オペラをそれまでほとんど知らなかったこともあり、その時はあまり面白いと思えなかったのですが―でも自分で作品を勉強してみたらとても面白くて!METの上演でこの作品を観た時も全く飽きませんでした。じゃあ最初観た時は何が問題だったんだろう?という疑問、そしていつか自分が納得する《コジ》を演ってみたいという思いがずっとありました。最初に《コジ》と出会った時の自分は何も知らなかったから面白いと思えなかったのかもしれない。でも、だからこそオペラを初めて観る人でも文句なく面白いと感じられる《コジ》を作りたい!という願望が沸いてきたんです。この2つの背景があって、千葉県に縁があるメンバーでオペラ団体を作ろう、そして演目は《コジ》と決まりました。幸い素晴らしいメンバーが集まってくださり、クラウドファウンディングでも多くの方々が賛同してくださっていることが本当に嬉しく、エネルギーになっています。頑張ります!

指揮者の立場から《コジ》を見て

山本音弥(指揮)

山本音弥(指揮)
©井村重人

このオペラはとても重唱が多くて、その中で感情変化の魅力を出していくことの難しさがあります。《魔笛》ほど有名なアリアはないですが、主要な登場人物6人の感情が全曲で移ろうさまが完璧に音楽で表れています。またモーツァルトはdur(長調)=明るい、moll(短調)=暗いといった単調さでは収まらなくて、皮肉たっぷりのdurや神秘的なmollなどの奥行きを表現しなければならない。それが難しくも楽しい要素ですね。《コジ》は深遠な内容というよりは、現代でいうドッキリ番組のような笑い飛ばせる要素が多い作品。なのにそれを3時間のオペラに仕立て上げるモーツァルトはやっぱり凄いですね。その魅力を逃さずに伝えられるよう努力します。

台本、字幕づくりのこだわり

大山大輔(台本/字幕/ドン・アルフォンソ役)

大山大輔(台本/字幕/ドン・アルフォンソ役)
©Yoshinobu Fukaya

歌手である自分が台本を書くからこそ、言葉を大事にしています。レチタティーヴォは日本語、それも思い切り現代語ですが、可能な限りイタリア語の母音の響きに合わせて書き換えています。今回は歌唱は原語のイタリア語、台詞は日本語といういわば「ハイブリッド公演」で、特にハイブリッドかつ挑戦なのがレチタティーヴォ・アッコンパニャート(伴奏付きのレチタティーヴォ)の箇所です。ここでは日本語に音程をつけて歌うことの可能性を探っています。拍の概念がないレチタティーヴォ・セッコ(通奏低音の伴奏のみのレチタティーヴォ)と異なり、アッコンパニャートの方には拍の縛りがある。その縛りの中でどれだけモーツァルトの音楽に沿わせることができるか、というのが実験的な要素ですね。将来的には、全編日本語で上演したとしても可能な限りイタリア語の想定する母音の響きに沿わせるようにしたい。西洋の言葉に比べて、日本語は内容量に比してかなり尺が取られてしまうという難しさがあるわけですが。字幕についても、「意訳しなくてはいけない」というハンデではなく、モーツァルトの作品が言わんとしていることの中身をどれだけ抽出できるかということを模索する機会にしたいですね。
オペラのみならずクラシック音楽が抱かれているイメージの一つに「古めかしい」という物があると思います。この「古めかしさ」はよくマイナスに受け取られがちなのですが、裏を返せば「古い=超絶ロングラン」だと言えると思うんですよ。ではそのロングランの凄みを伝えるには?ということで、現代の我々が使うスラング的な言葉を加えてもシチュエーション・コメディとしての作品が問題なく成立していくことを提示したいと考えています。この作品のキモの一つは「階級制」。この「階級」は現代の日本社会ではなくなったように思われがちですが、実は忍ばされて存在していますよね。全員が中流階級のような装いをしていながら、現実はそうではないとしばしば感じます。つまり社会システムの中で「階級制」は形を変えながら静かに維持されているということなんです。それを、台本では現代の我々に最適な形で翻訳しています。ただ、そうして翻訳を行って最後に一つ残るのは、「人の心の機微」。これがズレると、作品を汚すことになってしまう。そうならないよう見極めなくてはと思っています。


オペラdeミルフィーユという名前は、「千(mille)の葉(feuille)」、つまりは「千葉」という名前からつけたものだという。シンプルな発想から生まれた名前ではあるが、図らずもそれぞれの「言」の「葉」の重なりを大切にするというカンパニーのキャラクターを象徴してもいるだろう。インタビューの中では、「人生の中でオペラと出会う瞬間が訪れたお客さんが公演を観て、それが『ハズレ』だったとしたら非常にそれは残酷なこと。そういう不幸をなくしていきたい」という力強い言葉も出た。オペラ・ファンが改めて《コジ》という作品と向き合う機会になりうることは勿論、オペラと初めて出会う機会としても実に最適な公演だろう。チケットは現在完売のようだが、後日収録映像の配信が予定されているという。2月27日をまずは楽しみに待ちたい。

取材・文:平岡 拓也
Reported by Takuya Hiraoka

【公演情報】
2021年2月27日(土)18:00開演(17:30開場)
オペラdeミルフィーユ
W.A.モーツァルト作曲《コジ・ファン・トゥッテ》

@J:COM浦安音楽ホールコンサートホール(JR京葉線・武蔵野線 新浦安駅すぐ)


指揮:山本音弥
演出:太田麻衣子
台本:大山大輔(原作ダ・ポンテ)


フィオルディリージ:月村萌華
ドラベッラ:高野百合絵
フェランド:鷹野景輔
グリエルモ:澤地豪
デスピーナ:髙橋愛梨
ドン・アルフォンソ:大山大輔
葉役:山田健人、加藤隼


コレペティートル:佐藤響、齋藤美樹
音楽監督:松川智哉
舞台監督:八木清市

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