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【オペラ暦】—6月5日—ドイツ・オペラの創始者ヴェーバー、ロンドンで客死

【6月5日】ドイツ・オペラの創始者ヴェーバー、ロンドンで客死

⚫️1816年、イタリアの作曲家パイジェッロ(ジョヴァンニ・1740-)が、妻の死の後健康を害し、不遇のうちにナポリで亡くなっています。かつては18世紀後半に最も成功し、影響力のあった作曲家でした。『セビリアの理髪師』もロッシーニ以前は彼の代表作でもありました。来年は、没後200年の節目の年。(誕生日の5月9日の項参照)
⚫️1826年、『魔弾の射手』で有名なドイツの作曲家ヴェーバー(カルル・マリーア・フォン・1786-)が、ロンドンで亡くなっています。彼の遺作となった『オベロン』をロンドンで初演した直後に、同地で客死。18年後、彼の強い影響を受けたワーグナーによって、遺骸はドレスデンに改葬されました。(『オベロン』初演の4月12日の項参照)
⚫️1843年、ドニゼッティ(ガエターノ・1797-1848)『マリーア・ディ・ロアン』が、ウィーンのポルタ・カリンツィア劇場で初演。ロアン伯爵夫人マリーアを主人公にフランス王室を舞台とした3幕のオペラ。
⚫️1834年、チェコ(ボヘミア)のソプラノ歌手ストルツ(テレーザ・-1902)が、コステレッツで生まれています。『ドン・カルロ』のイタリア初演で歌ってヴェルディに気に入られ、以後、彼の老いらくの恋の相手となります。妻のジュゼッピーナはそれによって苦悩しますが、のちに親しくなり、彼女の死後はヴェルディの良き伴侶となったのです。
⚫️1944年、イタリアの作曲家ザンドナーイ(リッカルド・1883-)が、ペーザロで亡くなっています。1940年からペーザロのロッシーニ音楽院の校長を務めていました。(誕生日の5月30日の項参照)
⚫️1967年、ベルギー生まれのフランスの指揮者クリュイタンス(アンドレ・1905-)が、ヌイイ・シュルセーヌで亡くなっています。戦後、ヴィーランド・ワーグナー(1917-1966)から招かれ、たびたびバイロイト音楽祭に出演(フランス人で最初にバイロイト音楽祭に招かれた指揮者)。当時、病魔に冒されていたヴィーランドの恋人だったアニヤ・シリヤ(1940-)と恋に落ちますが、彼の死後わずか8ヶ月で自分自身も癌で亡くなります。シリアは、その後、彼の家と墓地を買い取り、現在もそこに住み続けています。(シリアの誕生日4月17日の項参照))


新井 巌(あらい・いわお)
iwao
1943年、東京に生まれる。レコード会社を経て広告界に転じ、コピーライターとして活躍。東京コピーライターズクラブ会員。中学生の頃からクラシック音楽にひたり、NHKイタリア歌劇団の『アンドレア・シェニエ』日本初演を観劇したことが自慢の種。フェニーチェ劇場焼失の際には、再建募金友の会を主宰し、現在は「フェニーチェ劇場友の会」代表。日比谷図書文化館で「オペラ塾」を定期的に開催している。オペラ公演プログラムの編集にも携わっている。

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